「高いところは嫌い」

 とある自殺系サイトで知り合った彼女はそんな風にぽつりと呟いて眼下を見ていた。

 いつもの趣味だ。
 オフで会おうと約束して待ち合わせ、適当に話した後にネタばらし。自分が騙されたと分かった時の彼らの反応は、怒ったり泣いたり無反応だったりと様々だが、今回の少女は特に驚くこともなく「そうですか」と一言発しただけだった。

 第一印象はごくごく普通の、どこにでもいる大人しそうな少女。声をかけた時も、会話しているときも、自分の境遇を打ち明ける時だって、今まで出会ってきた自殺志願者となんら変わらない、ちょっと後ろ向きな普通の子。俺が死ぬつもりでここにきたのではないことに対する反応も、ごく稀だが少女のような人物はいた。

「奈倉さんは、高いところ好きなんですか?」

 しかし唐突に発したこの一言で、少女の何かが変わった。
 今いるのは廃ビルの屋上。かなり高いその建物から見る景色は、月並みな表現ではあるが綺麗だといえる。俺にはこの街の汚さや闇を全く感じさせない偽物にしか見えないが――――その美しさも、また然り。

「そうだね、好きかな。景色は綺麗だし、自分が街の人間全てを見渡せるといっても過言ではないからね。情報とか人間関係とかってさ、一見分からないようでいて実は上から見ると良く分かるんだよ」

「そう……奈倉さんならそう言うと思いました。でも私は、」

 嫌い。

 下から吹き上げる風が、少女の髪を揺らす。
 どこか固い表情でそう言った彼女はそのまま下へ落ちていきそうな気がした。

「高いところから景色を見下ろすとですね、切り離されるんです、世界と」

「世界?」

「ここから見える景色に混ざる人たちはみんな、あの中で生活してる。でも私は――――上から見てると良く思うんです」

 つまり、少女は自分を傍観者だと言いたいらしい。自分が一人周りと違う視点にいるという事実は確かに彼女の言葉に同意する。

 今回は当たりだ。
 この少女は中々に興味深い。
 普段人間が意識しない些細なこと、些細な行動。それを疑問に思い尚且つ不安に感じる。素晴らしい感性だ。しかし腑に落ちないこともあった。高い場所からの風景が人にもたらすのは総じて、それを支配したと錯覚させる優越感や満足感。
 何が少女は気に入らないのだろう。俺は尋ねる。どうして嫌いなの、と。

「私は独り。この世界にたった独り、放り出された仲間外れだって分かってしまうから。ここから飛び降りれば、元に戻れるかなって、そう思ったんですけど……止めました。」

 今まで景色を見下ろしていた少女はくるりと振り返り、俺と向かい合わせになった。

「あなたと会って、もう少しこの世界に留まってみようかなと、そう思えました。ありがとうございます」

 こんな趣味を続けていてお礼を言われたのは初めてだ。にっこりと柔らかく笑う少女は、少し前に俺に騙されたことをすっかり忘れてしまったようなそんな顔だ。
どういたしまして、と此方も笑って返す。
 だが少女の言葉はどこか現実味がない。今まで出会ってきた人間と違う雰囲気を感じた俺はますます彼女に興味を持った。

 少女は笑う。
 歪んだこの世界に見合うだけの、どこか歪んだ笑顔を見せて。

「だから、楽しみにしてます。貴方によってこの街がどんな風に変わっていくのか。奈倉――――いえ、折原臨也さん」




自殺志願者と見せかけた

(私が紙面上で見ていたのと同じように、貴方はきっとこの街を掻き回してくれる)




実はトリップ主でした、というやつがやりたかっただけのネタ。
今気付いたけど名前変換無いですすいません。


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