一流の才能は、一流の機関に。
 一流の人間は、やがて国の頂点に。
 そんな希望に満ちた未来を託され、この私立希望ヶ峰学園は存在している。
 才ある若者が集まるここは、皆何かの分野に特化した能力を備えているだけあって、どの生徒も個性的な人間ばかりである。自身の持つ才能に誇りを持っている者、反対に才能などには全く興味が無い者、果ては何故自分がここにいるのか分からないといった変わり者も存在する。
 だが一度入学し卒業すれば、人生は成功したも同然と謳われるのがこの学校。世間が羨む勝ち組の大台に乗ったも同然、食べるものに困る心配とは縁もゆかりも無くなる、筈である。

「ミョウジっちーーーー!!助けてくれ!!」

「何、葉隠君。またお金無駄遣いでもしたの?」

 ここは希望ヶ峰学園、一流の人間が集まる一流の学校。そんな所に、なぜ借金取りに追われる学生がいるのだろうか。
 見慣れたを通り越しすでに見飽きた必死の形相に、ミョウジナマエは溜め息をつきつながら視線を移した。超高校級の占い師としていくつも顧客は抱えているだろうに、莫大なその金をよくもまあ気前良く使えるものだ。いや、だからこそ金銭感覚がずれているのか。

「じ、実は……今日中なんだべ」

「何が?」

「借金返済日。100万」

 あーあ、と気のない返事をすると、縋り付くように葉隠は跪いた。特徴的なドレッドヘアががっくりと項垂れる。
 彼がこういった話でドタバタと焦っている所を見るのは一度や二度ではない。こういった時は大抵、胡散臭げなパワーアイテムに大金をつぎ込んだ後だろう。話を聞いてみると、案の定妙に高価な石か何かを買い取ったとのこと。
 毎度毎度何故過去の過ちを繰り返すのか、と馬鹿らしい気持ちでナマエはその頭を見下ろした。

「それで、ミョウジっちにこれを鑑定して欲しいんだべ!今俺に手放せるのはこれしかねー!なんとか高く売りたいんだべ」

 葉隠がだぼだぼのズボンから取り出したのは、片手に収まる大きさの巾着袋。中にはやや歪な形をした石が入っていた。日の光を反射して輝く色は、自然界では珍しい青色。
 どうだべ、綺麗だろ!と差し出された無骨な手の上の石を掴み上げ、手持ちの小型ライトで照らしてみる。といっても、目に映った瞬間にナマエにはそれが価値のあるものかどうかは直ぐに分かったのだが。

「随分大切にしまってたみたいだけどこれ……いくらで買ったの?」

「へへ、超高校級の鑑定士さんならその価値はやっぱり分かるべ?ズバリ、20万だべ!!」

「ばっ……」

 馬鹿じゃないの!?

 昼下がりの青い空の下、広々とした明るい雰囲気の中庭で驚くほどその叫び声はよく通った。
 能天気な葉隠の返事に俯いた頭を上げるにはしばらくの時間を要した。彼女の目には、この石はそこいらのショップで売っているような一万にも満たないただのガラス玉にしか見えなかったのだ。自分の目には自信はある。なにせこれで彼女は超高校級の才ある高校生として認められたのだ。
 ナマエの反応に徐々に顔を青くし始めた葉隠。まさか……と呟いた彼に正確な値段を告げると重々しく膝をつく音が聞こえた。

「どーすんべ……?」

「どうにも出来ないでしょ、臓器でも売らない限り」

「ミョウジっち……頼む」

「私のを狙わないでよ!」

 これだから葉隠君は、ともはやお決まりともいえるその台詞を吐きながら、ナマエは中庭から校舎へ向かうべく歩きだした。しかし売れるものはないと分かったにも関わらず、彼は諦め悪くしがみつくように後ろに着いてくる。

「な、なあミョウジっち〜〜〜〜」

「私にできることはもう無いでしょ。着いてこないでよ……」

「そこを何とか!」

「そんな無茶ばっかり言って……あれ」

 と、いつも羽織っている学ランに隠れていた光るものがちらりと目に映り、呆れ顔が驚きに変わる。ずっと見えなかったそれは、恐らく少し前に買ったと自慢していた水晶。先程のガラス玉よりはまともに見えたためそれを指差すと、焦った葉隠は大切そうに水晶を抱えた。

「これはダメだ!何のために100万借りたか分からなくなるべ!」

「つまり借りた100万でそれを買ったと」

「正確に言うと60万で後の40万は―――」

「あ、別にいい言わなくて」

 妙に堂々としている葉隠にもはや返す言葉もなく沈黙した。他に値打ちがありそうなものを身につけている様子はない。追い詰められていながらこうも図太いのが不思議なほどだが、その理由は薄々感じている。
 この乞食のような態度に分かってはいてもついつい手を差し伸べてしまうのがナマエの悪い癖だった。調子良く振りまかれる人のいい葉隠の笑顔が、実はなかなか嫌いではない。流石に借金を肩代わりするほど馬鹿ではないが、その代替案を提案する程度にはナマエは彼に甘かった。

「その水晶、高く買ってくれるいい所知ってるけど。どうする?」

「うっ……!」

彼女なりの最大限の譲歩である。数秒の葛藤の末、葉隠は目に涙を滲ませながら水晶を差し出した。

「背に腹は変えられんべ……」

「じゃあこれ、今から私の方で詳しく鑑定した後値段提示して、紹介先との交渉も私が済ませるから、」

「流石ミョウジっちだべー!!」

「紹介料、交渉料、あとこの水晶の鑑定料と今までのツケ、全部合わせて売値から引かせてもらうので、そこはよろしく」

 ええっと葉隠から抗議の声が上がったが、どこまでおんぶに抱っこのつもりなのか。一睨みすると彼は黙ったが、へにゃりと眉を下げた情けない顔は、自分より図体のでかい成人を過ぎた大の男がするには到底似合わない表情だった。受け取った水晶はあくまで商品として慎重に両手で抱えながら、いけないとそれから目を反らす。
 この顔に弱いことを分かっていてやっているに違いない。達の悪い奴めと頭では分かっていながら、やはり許してしまうのがナマエであった。

「じゃあ、今までのツケ分だけサービスしといたげる。その代わり……そうね、さっきのガラス玉、あれちょうだい」

「え?20万もぼったくられたアレか?」

「そう」

 首を傾げながら巾着袋ごと手渡してきたそれを受け取り、少しだけ眺めてからポケットへしまい込む。金になんねーべ?と不思議そうに言う葉隠を振り返ることなく、いーの!と強い口調で答えて再び歩き出した。
 金で買える価値などナマエは要らない。
 これを葉隠がずっと持っていたというその事実があれば、彼女には充分大切になり得るものなのだ。
 色んな意味で甘いと、事の顛末を話した後に同級生に怒られる覚悟をしながら、ナマエのしかめっ面はほんの少し緩んでいた。


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