「私って、やっぱり不細工なんでしょうか……」

 鳥の慎ましやかなさえずりと、ちらちらと儚げに降る花びら。そんな中零れた独り言は、人気のない廻廊でよく響きました。

 私は目を丸くして我が主の丸まった背中を凝視しました。
 軍議明けで徹夜続きのせいか、紅明様は足取りも覚束ない様子に見受けられます。ぼさぼさで毛玉を思わせる紅い長髪、欠伸をしつつ頭をかく頼りないお姿。そんな状態の時はたいてい自室でお休みになるか、鳩の餌やりをなさるかの二択なのですが、どうやら今日は散歩がしたいらしく、ひたすら廊下を歩き回っていらっしゃいます。

 季節は春の半ばほど。柔らかい日差しに、ふにゃりと力が抜けてしまいそうな心地よい風。それに加え、この王宮は景色も素晴らしいので、確かに散歩日和ではありました。
そこで、今しがた聞こえてきた冒頭の言葉に戻ります。正直、私は耳を疑いました。普段はあまりそんなことを気になさる方ではないのです。

「身なりのことで何か他の者に言われたのですか?」

「……紅覇に、『ただでさえ不細工だからちゃんとしろ』と……。否定はしなかったのですが」

「まあ……」

 こちらを振り返った紅明様は、いつものことなんですけどね、と目元に濃いクマを残したままの顔で苦笑いされました。
 長男の紅炎様、三男の紅覇様は大変目を引く華やかさを持ってらっしゃいます。紅覇様などは特に身だしなみには気を使っていらっしゃるようで、私に度々新しい装飾品を見せてくださいます。そのお二人と比べると、確かに紅明様は少々地味ではあるかもしれません。

「まあ、多少見目が悪くても兄王様のお役に立てるならば関係のないことです。すみませんナマエ、変なことを口走りました」

 少し慌てたご様子の紅明様。お疲れなのでしょう、歩調を早めたもののやはり不安定にふらふらとなさっています。先にある段差で危うくつまづきかけたので、私は急いで彼の身体を支えました。

「あっ、す、すみません……!」

「紅明様、先にお部屋で休まれては如何でしょう?随分お疲れの様子ですし……」

「あっは、はい、そうですね、そうすることにします」

 紅明様の自室はすぐそこです。私がお送りするまでもない位置でしたが、少々心配でもあったので、後ろに着いて行きます。部屋の前でそれじゃあ、と早々に扉を閉めかけた紅明様に一つ言い忘れていたことを思い出し、失礼ながら私はその声を遮りました。

「なんでしょう、ナマエ?」

「先程の件のことで」

「ああ、気にしなくてもいいですよ。単なる戯言です」

「それでは……私個人の意見として言わせて頂きます。私は、紅明様の見目が劣っているとは思いません」

「え?」

「見劣りしているのはあまり身なりを整えていらっしゃらないだけで、紅覇様が仰ったのもそういう意味だったのでは?」

「そ、そうでしょうか……」

―――だからこれからは少しでもご自分で身支度は整えてください。私が毎日お世話するのも悪くはないのですが、何より紅明様の為になりません。
 いつもそうしているように小言じみた台詞を続けようと思いましたが、ふと名案を閃いた私は、少しばかり意地の悪い顔でにっこりと笑いました。

「それに顔の作りなど関係なく、軍議の時の真剣な表情も、鳩の餌やりをしてらっしゃる時の柔らかい表情も、私は紅明様でしたらどんなお顔も素敵に見えます」

「えっ?」

「お顔だけでなく、中身も魅力的です。少しばかり頼りないところもありますがそれがまたお可愛らしいところで、でも法や煌の国のことは誰よりもしっかりと考え立派な志をお持ちだというところは男らしくて」

「あの、ナマエ、」

「そして、臣下の者には大変お優しい……私にも。そんな紅明様を、私はとてもお慕いしていますのよ?」

「…………」

 全て言い切ると、紅明様は俯いて沈黙してしまいました。じっと見つめると、首の辺りから顔、耳まで真っ赤になっています。照れていらっしゃるのはすぐに分かりましたが、どうされました?と私は目を合わせて下さらない紅明様をわざと覗き込んでみました。

「…………ありがとう、ございます。そう言ってもらえるとは思いませんでした。とても……嬉しいです」

 平静を装うような当たり障りない返事しか頂けませんでしたが、口を押さえつつ目を逸らすその反応だけで私は嬉しくてたまりません。くすり、と声をたてて笑うと、紅明様は口を尖らせながらもようやくこちらを向いて下さいました。

「わ、笑うことないじゃ……っ!いいえ、貴女はそういう方でしたね」

「ふふ、よくお分かりで」

 お叱りを受けるかと思ったのですが、紅明様は赤い顔のまま、それでは少しばかり休んできます、と今度こそ部屋にお戻りになりました。あとちょっとだけ恥じらうお姿を見ていたかったのですが、残念です。
 扉が閉まり、紅明様と私の声が響いていた廻廊は静かになりました。

「……紅明様、お慕いしております」

 私の声を聞く者は誰もいません。一人になったここでもう一度、紅明様への言葉を呟きました。自分の声が驚くほど震えていることに今更気が付いて、自然と苦笑いが零れます。

 私がこのような事をお伝えすることができるのは、もう少しだけです。

 三日もすれば、この王宮に紅明様の新しい正妻となるお方がいらっしゃいます。紅炎様がお決めになった、煌では大きな権力を持った一族の方との婚姻。一度縁談の際にお顔を拝見しましたが、落ち着いた雰囲気のお美しい方でした。
 煌の繁栄を何よりも望んでいらっしゃるのは紅明様です。紅炎様も親族一同も大変めでたいとお喜びになっていましたし、私も精一杯ご結婚のお祝いをさせて頂くつもりです。
 たった今見せてくださった表情も、三日後の婚姻式が終われば全て新しい奥様に向けられるものなのでしょう。

 鼻につんとしたものを感じた私は、名残惜しくはありましたが、急いでお部屋の前から立ち去りました。春の心地よい空気は相変わらず体に纏わりついてきて、すぐに気が抜けてしまいそうになります。

「どうか、お幸せに」

 こんな顔では、上辺だけの言葉だと紅明様は気づいてしまわれます。必死に固めた笑顔の練習のため、私は自室への道を急ぎました。

『今更……ずるい人だ、貴女は』

 嗚呼、いつまでもあんな所に立っていたからいけないのでしょうか。お部屋の中から微かに聞こえてしまった紅明様の声も、早く忘れてしまわなければいけません。


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