「ナマエた〜ん☆」

 間延びしただらしのない声と、なよなよとしなだれかかってくる男にしては細い身体。振り返らなくても分かる声の主に、「ん。」とそれだけ答えた私は早足で自室へと向かった。
 因みに私の身体に抱きついている大きな粗大ゴミは、諦め悪くずるずると引きずられても手を離さない。床に傷が付かないかが心配だ。あゆむさんに怒られるのはいやだ。

「ボク人間以下?」

「うん」

「あーん酷いよナマエたん!」

 大袈裟に嘆く癖に更に強くしがみついてくるゴミ。そろそろしんどくなってきた。どっかに廃棄したい。ゴミ捨て場……外だったな。出るのしんどい。

「ナマエたんボク泣いていい?」

「いいよ」

 エレベーターの前まで来てボタンを押す。ういいいん、と機械の音が上から鳴っている間、ずっとゴミは私に引っ付いたままだった。いい加減背負うのは辛くなってきたため、体勢を変えて持ちかえる。これでも腕力には自信あるし、 部屋につくまではこれで大丈夫だろう。

「……え?あの、ナマエたーん?これ俗にいうお姫さまーー」

「あ、きた」

 チーン、とエレベーターが到着した音が響き、ドアが開く。中に入ってお目当ての階を押すと、腕の中のゴミが騒いだ。五月蝿いので一喝するとすぐに黙った。
目的地には数秒も経たずに到着した。元々エントランスから一番近い部屋なのだ、ここは。
 エレベーターから降り、部屋の扉までやってきた私は一言「鍵」と呟いた。

「は、は〜い……」

 先程よりは大人しくなったゴミが鍵を開けてから、私は部屋の中に入った。両手が塞がってるのでドアは足で開ける。ちょっとみっともないけど仕方ない。部屋は綺麗に整頓されていた。物が少ないのであまり生活感がない。まあ普段からどんな生活してるか全く想像つかないって言われてるだけある。
 奥へ進んだ私は大きなベッドにゴミを捨てて、キッチンへと向かった。投げ飛ばした際に「ちょっ……ナマエたん何!?」と騒いだので再び一喝。

「ゴミは動かないでしょ。大人しくしてて」

「まだゴミ扱いなの?ほんとに泣くよ?」

「泣けば」

 それだけ言ってキッチンへ向かう。新品のように綺麗なシンクの側に、使われたガラスのコップが一つだけ、置いてあった。

「…………」

 その向かいにある大きな冷蔵庫を開ける。中を冷やしている意味がないほど食材が少なかった。いや、少ないというかほぼ空っぽだ。これはまずい。
リビングまで戻った私は大人しくベッドで体育座りをしていたゴミに一言告げた。

「ちょっと出てくるから動かないでね」

「え、あ、うん。は、早く帰ってきてね〜マイダーリン♪」

 当然ながら返事はしない。
 とにかく急いで自室にある食材をこの部屋に運んだ。私がその気になればものの数分でこんな作業は片付く。持ってくるものも少なかったせいかきっかり30秒後に戻ってくることができた。「早っ!」と聞こえたが特に反応する必要はないだろう。

「さて、やるか」

 使われていない綺麗なキッチンで食材を広げ、無言で調理を始める。ベッドの方にいるうるさいアレは「なんかナマエたん新妻みたい〜☆」とほざいていたけどそれに返す暇もないので無視した。
 30分弱でできた即席の料理を持ってベッドまで持っていく。盆の上には水とコップ、あと薬も。

「わーこれボクにー?ありがとうナマエたん♪」

「黙って食べな」

「はーい!いっただっきまーす☆」

 私が座っている側で、言ったとおりそいつは黙々と食べた。意外と箸の使い方とか食器の持ち方が綺麗だなーなんて思いながら眺めていると、「見られながら食べるの恥ずかしいよ」なんて言った。じゃあ、とばかりにそいつが掬ったお粥をもらうと何故か固まっていた。よく分からない。
 そんなこんなで料理を全て平らげたのを確認した私は、持っていた薬と水の入ったコップを渡した。

「……そんな分かりやすかった?」

「抱きついてきた瞬間に分かった。身体滅茶苦茶熱かったし」

 たぶん目測でも38度はあるだろう。それが表情に出ていないのが不思議なくらいだ。大人しく薬を飲ませ、ベッドに寝かせる。その際いつも着けているふざけたうさ耳をとり、髪をほどいてやる。スーツは既に脱いでいたので着替えさせる必要はなかった。
横になったそいつの額に手をあてる。思った通り、かなり熱い。心地良さそうに目を細めたその表情がいつもと違いあまりに気の抜けたものだったので、不意にどきりと心臓が跳ねた。

「……もー、ナマエたんもしかして最初っからこのつもりだったの?」

「アンタが熱出してるの分かってからすぐね」

「それでこんなに世話焼いてくれちゃったの〜?ボク惚れちゃう」

「惚れれば?」

 額に当てていた手を髪に滑らせる。そのまま長い赤毛をすいて整えてから、頬に手を伸ばした。

「私はもう惚れてるから、あとはアンタだけなんだけど」

 その言葉に心底驚いたように目を見開くのがおかしくて、つい笑みを溢した。なんだ、気づいてなかったのか。百目の癖に。

「ほんとナマエたんは読めないよねー……、視ようと思ってもなかなか視えないし」

「読まれるのはヤだからね。自分の口から直接言うのが一番いいし」

 男前〜、もう惚れちゃった。
 そういった残夏の頬の熱さは熱のせいか、照れのせいか。確かめてみたいけどそれは熱が下がった頃に。


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