「おかえりなさい」

「ただいま◇」

 ヒソカは、いつものように鉄臭い液体にびっしょり濡れて帰ってきた。リビングの入り口から廊下を覗くと、点々とここまで続いている赤い足跡。後で掃除をしなければいけない。
 ヒソカは三日に一度はこうやって人を殺して、しかもわざと返り血を浴びてくる。その度に家の中が血で汚れてしまうのだけど、別にそれを気にするつもりは私にはない。それより大事なことがあるから。

「今日は特に凄いわね。何人殺して来たの?」

「特に数えてないし分からない◆もうシャワー浴びて来ていいかい?」

「あー、ちょっと待って!」

 脱衣場に向かいかけたヒソカを引き留めて向かい合う。赤く濡れた端整な彼の顔をまじまじと見つめた。

 ああ、やっぱりあなたには血がとってもよく似合う。
 まだ新しい、生暖かい血が滴っているヒソカの頬に手をやる。その瞬間私の手の甲を滑り落ちた液体は、ぽた、と小さな音を立ててフローリングの床に叩きつけられた。
こうするといつも汚れるよ、なんてヒソカは苦笑するのだけど、毎回のことでもう諦めたのか、特に何も言ってこない。強いて言うなら早くシャワーを浴びたそうだ。

 彼曰く、「ヤってる時は楽しいしキモチイイんだけど、それが終わるともうどうでもよくなるんだよね◇」とのこと。だから身体にまとわりつく粘液をすぐにでも洗い流したくなるんだろう。

「もういいかい?」

「……ええ、いいわよ。もう少し見てたいけど」

「言い飽きたけど、やっぱりナマエって変わってるよねえ、血まみれのボクが好きなんて◆」

「“変わってる”だなんて、ヒソカに言われたくありませんよー」

「それもそうか◇」

 小話を終えて、ヒソカはさっさとシャワーを浴びに行ってしまった。ぺたぺたと新しい足跡をつけながら脱衣場へ向かう彼の背中を、角で曲がって見えなくなるまで見つめた。それから廊下の汚れを見て、思わずため息。掃除が面倒くさそうだ。
 彼の身体から離れた血液なんて興味はない。私が好きなのはヒソカと、ヒソカの身体から流れている血なのだ。

 初めて知り合った時も、ヒソカは真っ赤に服を染めあげていた。私の友人をほんの一瞬で肉塊にしてしまった鋭い殺気は、本来なら怖い、だとか殺される、だとかいった恐怖心を与えるものなのに、私がヒソカを見て一番最初に思ったのは、ただひとつ、“綺麗”だった。

 あれから知り合ってもう何年になるだろう。未だにヒソカの血に濡れた姿はずっと見ていたって飽きないくらい綺麗だ。
彼が何人殺そうが別に構わない。初めてヒソカと会ったとき、その一瞬で“殺人はいけないこと”だなんて道徳観念は跡形もなく私の頭の中から消え去っている。

 人を殺すヒソカが大好き。
 血まみれなあなたが愛しい。
 出来ることなら死ぬときは、彼の手にかかって死にたい。私がそう言うと、ヒソカはいつも苦笑いで言う、それは無理だよ、と。

 だってヒソカ以外の誰かに殺されて死ぬなんて絶対に嫌だし、病気にかかったりなんてそれこそ自殺ものだ。でも自殺だってお断り、事故なんかも真っ平ごめんだ。

 それならやっぱり、愛する彼の腕の中で。

 最期に見るのが自分の血で赤く染まったヒソカだなんて、最高じゃない。
 今日だって私は飽きることなく尋ねる。

「ねえ、やっぱり私を殺してくれないの?」

「ダーメ◇キミが誰かに殺されるよりはそりゃいくらかはマシだけど、でも絶対ボクはナマエを殺したりなんかしない◆」

「なんで?つまんないから?」

「好きだからさ◇」

 私がこの答えを理解するときが、果たして来るのだろうか。


(ごく当たり前の返事をしてるはずなのに、どうして気づかないんだろうね◆愛してる人間を殺すなんて、いくらボクでもしないに決まってるじゃないか◇)


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