1/6 伝説の暗殺一家、ゾルディック。 残虐非道な暗殺者と世間で恐れられている彼らの顔を見た者は誰一人いない。顔写真でさえ一億近い懸賞金がかけられているその一家が一体どんな生活をしているのか。それも全て謎に包まれ、誰も正体を知る者はいない……らしい。 しかしそんな世間の認識とは裏腹に、彼らの方は顔も居場所も隠すつもりはない。デントラ地区にそびえるククルーマウンテン―――ゾルディック家の建つ場所―――へと道を登っていく観光バスがその良い例だ。地元では根城を隠すどころか観光名所として知られており、度々観光客が訪れる程。 どの辺りが謎に包まれているのか言い始めた人物に小一時間問い詰めたい所だ、とそのゾルディック家正門の前に立つルーシャは思った。 「ルーシャ、なんでいるの?」 「久々にみんなの顔見たくてな。あと、キルアのことも気になるし」 「言っておくけど今キルは独房に入ってる。勝手に会いにいったりするな」 「分かったからそんなカリカリするな鋲構えるな!」 (あーシルバはなんで続けて仕事なんか行くかな……!) ルーシャの隣で鋲を構え微かに殺気を放っているのはイルミ。ちょうど仕事の帰りらしく、ほんの少しだが鉄の臭いを纏っている。 二人は門の前で偶然鉢合わせたのだが、お互いの顔を見た瞬間げ、と同時に声を漏らした。 今ここにシルバがいれば、少しはイルミの刺さるような視線も弱まったのに、とルーシャは思う。 「おかえりなさいませ、イルミ様。それにお久しぶりです、ルー様」 「ただいま」 「あ、えっと……ゼブロさん!だったよな。お邪魔します」 守衛のゼブロと軽く挨拶を交わす二人。しかし剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、彼は直ぐに門の傍に備え付けられた守衛室へと逃げ込んだ。 そんなゼブロを露にも気にせず、イルミはさっさと我が家へ帰るべく手を門の扉にかけた。ゴンに片腕を折られているため両手を使うことは出来ないが、ゴゴゴゴ……と重々しい音が響き、総重量何十トンという重さの扉は難なく開いた。 (意外と力あるよな、イルミって。羨ましい) それを感心しながら眺め、彼が中へ入るのに続きルーシャも足を踏み出す。が、目の前数センチの距離で大きな音を立て門は閉まった……否、イルミにより閉められた。 「……っておい!一緒に入れてくれないのかよ!」 「久しぶりだから筋力落ちてるんじゃない?試してみなよ」 「私一応怪我してるんだけど」 「たかが脱臼だろ?オレなんか折れてるんだから」 「まあ確かにほぼ完治だけど……」 ぶつぶつとルーシャは悪態をつくが、その表情は微妙に歪んでいた。早くしなよ、と門の向こうで急かすイルミに返事をしながら、両手を門につけて彼女は一息呼吸をおく。 「っ……はっ!」 気合いと共に全体重を門に傾けて思いきり押した。 「っぐぐぐ……どりゃああああ!!」 と、ルーシャはかなり必死に門を開ける。それでもイルミの時よりは幾分か軽い門のきしむ音と共に扉は開いた。ゾルディック家の敷地内に入り扉を離した瞬間、彼女は一気に力を抜き息を切らせた。 「……はっ、はっ」 「息切れすぎ。前はVまで開いてたのに今回はU?本当貧弱だよね」 「うるっせー……!ギリギリ開きそうで開かなかったんだよ!それに念使えばたぶん全部開けられる!」 「それじゃ意味ないでしょ。て言うかその掛け声止めた方がいいよ、みっともないから」 「お前それが言いたかっただけだろ、わざわざ私を待ってたの」 「じゃあオレ先行くよ。本邸にはゴトーにちゃんと話通してから来てよね」 「話聞けコラ」 それだけ去り際に言って、イルミはルーシャの声を無視し木々の中に消えていった。 はぁ、とルーシャは髪をかきあげながら小さく息を吐く。 (アイツといると本当、精神力が削られる気がするよな……) ドスドスと近づいてきたミケに片手を上げて軽く挨拶してから、緑に囲まれた道をのんびりと歩き始める。まずはゴトーさんに挨拶だ、と執事室に彼女は向かった。 試しの門から続く一本道の周りは、緑一色に彩られた木々に囲まれている。このククルーマウンテンは全てゾルディック家の敷地内のため、本邸はまだまだ先なのだ。 ゆっくり景色を楽しみながら歩くつもりだったが、いつまでも続く木々にものの10分で飽きたルーシャ。そう思ったと同時にちんたらと進めていた足を一旦止め、彼女は音もなく地面を蹴った。 先程とは段違いのスピードで周りの緑が流れていく。風で小さく葉が揺れる音を聞きながら走れば、執事邸はすぐそこに迫っていた。 「よし、到着」 目の前にそびえる豪奢な造りの建物。これで執事専用だと言うのだから凄いと言わざるを得ない。ここにきた当初は本邸と間違えたのだが、流石にもうそんな間違いもすることはなく、ルーシャは慣れた手つきで入り口の扉をノックした。 はい、ただいまという声と共に扉が開く。ルーシャより幾分か背丈の低い、ゴンやキルアと同じ年頃であろう少女が顔を出した。 「あ、えっと……カナリアちゃん、だっけか?こんにちは」 「恐れ入ります、名前を覚えて頂いてるなんて。ようこそいらっしゃいました、ルーシャ様」 「うん、久しぶり。ゴトーさんいる?ちょっと挨拶しに来たんだけど」 「おや、お久しぶりです、ルーさん」 カナリアの後ろからそう言って顔を出したのは今話題に出たゴトーだった。噂をすれば、とルーシャは小さく呟いてから久々に会う彼に軽く会釈をした。 「ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞお入り下さい」 「お邪魔しまーす」 ゴトーに招かれ執事室に入ったルーシャはそのまま本邸へ続く通路へと進む。カナリアに軽く手を振ってから、早速彼女は前を歩くゴトーに続いた。 いつもゾルディック家に足を運ぶ時は、こうして執事邸に一度立ち寄ってから本邸へ向かうのがルーシャの習慣のようなものだった。長い道のりを毎回ゴトーと雑談しながら歩くのだが、最初ルーシャはこの時間が苦手だった。今でこそ彼とは普通に会話を交わしているが、初対面の時はそれはもう敵意満々といった視線でゴトーには睨まれたのだ。 (まああの時は挨拶もせずいきなり押し掛けた私も悪かったけどな) その時を思い出した彼女は小さく笑って黒い執事服を纏った背中を追った。 「そういえば……数日前からキルア坊っちゃまの友人と名乗る輩が庭を彷徨いているそうです」 「………ああ(ゴンたちか)」 「ご存知なのですか?」 「その友人、キルアが家出中一緒にいた奴らだ。いつから?」 「確か五日ほど前でした」 「五日……もしかして試しの門を開けるつもりで留まってるのか?」 「彼らの動向全てを監視している訳ではありませんが、恐らくは」 へえ、とルーシャは呟き、そしてゴトーを見上げた。 「アイツら電話口で追い返したりしただろ」 「……。何故わかったのですか?」 「いや、アイツらの事だから普通に友達の家に遊びに来る感覚で来たんだろうなーって。それで追い返されたから、正面突破してやる!って感じで今頑張ってるのかなと」 「成る程」 しかしあの門を常人が開くには何週間どころか何ヶ月も鍛えなければならない。一体彼らはいつまでこの家に留まることになるのだろうか。次に会う頃には一回り成長しているであろう彼らを思ってルーシャは気の抜けた笑みを浮かべた。 「キルアの様子はどうだ?独房に入ってるって聞いたけど」 「はい、キルア坊っちゃまの管理はミルキ様がなさっていらっしゃいます」 「ミルキか、相当いびられてるなそりゃ。あ、そうだ久々にアイツの自作ゲーム攻略するか……」 後半はほぼ独り言だが、ゴトーはそれをしっかり拾って「ミルキ様でしたら最近新しいゲームを作ったとおっしゃっていましたよ」と律儀に返した。 「おっ!そうなんだ!ジャンルなんだろ……」 「それはミルキ様に会ってからのお楽しみですね」 「ああ、前みたいにシナリオ読めるようなやつじゃなきゃいいけどなー」 「ミルキ様の作っていらっしゃるゲームは私にはどれも難しく思われます。ルーさんはよくあのような難易度の高いゲームを攻略なさる」 「えっ!?ゴトーさんゲームとかやるんだ」 「一度ミルキ様にお試しプレイをと言われまして」 「へぇー」 彼にとって執事という立場上、雇い主のゾルディック一族には絶対服従が約束されるが、ルーシャはこの家の人間ではない。その為か、ゴトーが彼女に接する態度は丁寧ながらも一族の人間よりはやや砕けた調子に見える。あくまでルーシャ自身から見てだが。 そうしているうちに、二人は本邸へ辿り着いた。ゴトーは廊下の出口で立ち止まり、ルーシャに一礼する。 「行ってらっしゃいませ、ルーお嬢様」 「お嬢様は止めろよ、柄じゃない」 「それは失礼」 苦笑してそう詫びたゴトーを背に、ルーシャは足取り軽く本邸の廊下を進んでいった。 [前] | [次] 戻る |