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ヨークシンドリームオークション―――年に一度開催される世界最大の大競り市。期間は10日間に及び、公式の競りでは数十兆もを越える金がこのオークションで動くとされている。
たった10日で億万長者に成り上がることも可能である、まさに一攫千金、夢の市。

そしてこの大規模なオークションの陰では、闇の市と呼ばれるものも多数存在している。犯罪に関わるモノのみを扱い、決して公にはできない商品を売買するこのオークションには、裏社会の人間たちがこぞって赴き大枚をはたいていく。

所謂マフィアと呼ばれる勢力が集まる、一年で一番危険な場所でもあった。



□□□□



「もしもし?オレだよオレ。……あ?分かるんだからいいだろ別に。……ああ……ああ。オレも午後にはそっちに着くぜ。クラピカとルーシャはどうだって?……ああ、ああ、……そうか、分かった。じゃあまた後でな」

電源ボタンを押して通話を切り、レオリオは雑踏の中を足早に歩いた。
ゴンとキルアは既にヨークシンに到着しているらしい。先程の通話で現在の彼らの居場所を確認したレオリオは、小さく笑みを浮かべながらその方向へと進んだ。
因みに今彼がいる場所も、二人と同じくヨークシンである。“午後に着く”というレオリオの嘘は、二人を驚かせてやりたいという小さな悪戯心から来る、微笑ましいものだった。

医大受験のため、この半年間ひたすら机に向かっていてすっかり固まった肩を軽く鳴らしながら、一回り成長しているであろう仲間を思う。

(アイツら、オレは受験勉強ばっかりで修行してないと思ってんだろーなあ)

そう心中で呟きながら、レオリオは一人でほくそ笑んだ。受験勉強の合間に、地道に修行して得たモノを身体に纏ってみる。不安定ではあるが、薄く膜を張ったように身体を包むレオリオのオーラは、彼が念の四大行の一つ、“纏”を習得していることを示していた。
まだ長くは続けられないためすぐにそれは解ける。体力を削られたような気がして、レオリオはほんの少し歩幅を狭めながら歩いた。

「おっ、と……悪い」

「あ、すみません」

人混みの中で肩がぶつかり、レオリオは一言声をかけた。相手はさして気にする風もなく、笑顔を見せてからそそくさと歩いていく。しかし相手の顔を視界に入れた時、彼は思わずその青年を目で追った。

線の細い輪郭に輝くような白金の髪。青空と同じ色の瞳を細めたその笑顔は、自分が女であれば心を奪われていたかもしれない、整った顔立ちであった。どこかの宮殿で優雅に過ごすのが似合いそうな、上品な雰囲気を纏った青年は、 もう既に自分の遥か後ろを歩いている。

「ひゅ〜……すっげーハンサム」

屹立とした後ろ姿を眺めながらそう呟く。だがあの青年を見た時、レオリオは咄嗟に自分のよく知る金髪の“彼女”を思い浮かべていた。気が強そうな彼女とあの優しそうな青年の雰囲気はほぼ正反対といってもいいほどかけ離れていたはずだったが、どこか似通ったものを感じたのだ。

(顔だけなら、似てるっちゃあ似てるかも)

アイツもあれぐらい柔らかい表情してりゃさぞモテるだろうに……。
男嫌いの彼女にしては全く嬉しくないことではあるが、勿体ないとため息をついたレオリオがそれに気づくことはなかったのだった。



□□□□



同時刻。セメタリービル、エントランス入口。
ここでは今夜、オークションが開催される。ヨークシンが一様に賑わうドリームオークションの先頭を行きながら、華々しい演出をすることもなく、それは密かに行われる。
法的に許されない競売品を扱う闇の市―――地下競売である。
今朝から厳重に監視体制が置かれている入口を窺い、少し離れた道の端に立つルーシャは小さく息を吐いた。

(まだこの時間だから警備も薄いけど……ずっとここにいたら流石に怪しいか)

強面の男たちが通りを歩いている光景を横目に見る。一般人に紛れて道に立つ彼らは、小さなトランシーバーを片手に何やら連絡を取り合っていた。周りの警戒を緩める様子は少しもない。恐らく夜になればさらにこの場所の警備態勢は厳しいものになるだろう。

とりあえず場所変えるか、と壁に預けていた身体を持ち上げ、ルーシャはその場所から離れた。

ヒソカによれば恐らく旅団の活動開始は夜になるということだ。それまでは特に警戒する必要はないのだが、いつ計画が変更されるか分からない。出来るだけ慎重にことを運ぶため、彼女は朝からこのビルを見張っていた。
今夜地下競売が行われるのはここだけ。奴らは必ず現れる。

(鉢合わせなきゃそれでいいんだけどな)

ルーシャは浮かない顔で頭を掻く。
彼女は旅団とクラピカが万が一衝突してしまわないよう、彼らの遭遇を妨害するためここにいた。
もちろん、彼女が双方の間に立ったところでどうにかなることではない。一人で旅団を相手取るのは、いくらルーシャでも不可能だ。下手をすれば旅団とクラピカ、両方から敵視され攻撃される危険がある。
重々それを承知していながら、そんならしくない行動を敢えてするルーシャに、明確な目的らしきものは特になかった。

理由をつけるとすれば、何もせずに見ているだけは嫌だから。クラピカに死んでほしくないから。
そんなところだろう。
単純明快、そして自分勝手な理由だ。
彼女自身それは自覚している。そして、クラピカにとっては“裏切り者”の自分がそんなことをする愚かさも。彼らを引き離したところでクラピカは言うだろう、“邪魔をするな”と。

(それでも、自分のやりたいようにやる。念を覚えたとしても今のクラピカじゃ、旅団には勝てない)

奴らを見つければ、間違いなくクラピカは同胞の仇をとるべく怒りと憎悪で突っ走ってしまう。ルーシャから見ればそれは自殺行為に近いのだ、なんとしても阻止しなければならない。

ふと、気づけば自嘲の笑みを漏らしていた。

彼らと知り合って約8ヶ月。仲の良い友人と呼ぶには、彼らと過ごした時間は余りにも短い。ハンター試験でたまたま話すようになっただけ、ただそれだけだ。大してよく知っている訳でもないし、自分のことも実際、彼らには何も話していない。
しかしたった半年強――クラピカとレオリオに至ってはそれ以下だ――これだけ僅かな時間の中で、彼らと一緒にいることがルーシャは心地よく感じてしまっていた。

だから、死なせない。

ずるずると惰性でそんなエゴを引きずり、うわ言のようにそれだけを考え、彼女は現在ここにいた。

セメタリービルを見える位置を探しぶらぶらと歩を進める。途中、ショーウィンドウの横を通りすぎた時、自分の姿が映りこんだ。

ショートヘアの黒髪に同じ色の長いコート。日光を映し白く乱反射したガラスには、はっきりと彼女の姿が浮かび上がっていた。
ルーシャはハンター協会の人間であるため、あまり表立ってマフィアの周りをうろつくことはできない。目をつけられればネテロに迷惑をかけかねないのだ、慎重にならなければならない。そこでこの変装である。

(ハンター試験の時よりは上手く変装できてる自信はある。この格好でいればクモにも気づかれにくいし、何かと便利だろ)

しかし頭のてっぺんから足の先まで黒に染まった出で立ちは、この真っ昼間には嫌というほど目立っていた。ルーシャの中には変装イコール黒服、という固定観念でもあるらしい。
特に気づく様子もなく人が行き交う大通りまで来た彼女は、そこで大勢の視線にさらされ、ようやくこの黒づくめの服装を改めるに至ったのであった。

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