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奴は今日も何処かに出かけていった。まあ、わざわざアイツの予定なんて確認してないしする必要もないので邪魔者がいなくなって有難い……はずだったのだけど。

「…………」

今まで以上に集中出来る環境にあるにも関わらず、アイツが居なくなってから修行は難航した。なんつータイミングだ。
ゆらゆらと不安定に揺れるオーラは気を抜くとすぐに勢いをなくしてしまう。単に私の力が足りないだけかもしれないけれど、それにしたっておかしい。

「……あーもー止めだ止め!ちょっと気分転換!」

きっと修行尽くしの日々に疲れてるんだろう、そう思った私は思い付きで外へ買い物に出掛けた。
そういえばここのところ洋服や生活用品を買い出しにいっていない。流石に服やら下着やらをヒソカに頼む訳にいかないし、というか嫌だ。
久しぶりに着る服に袖を通し、着替えてから鏡で確認。
最近は専らジャージばかり着ていたのでなんだか目新しい気のする格好に、微かに首を捻った。
七分丈のパンツに何の捻りもないただのシャツ。じゃらじゃら着飾るのはあまり性に合わないし、私の容姿にだって似合わないだろう。
でもだからといって全くお洒落に興味がない訳じゃない。以前買ったお気に入りの鞄を手にして、私は数日ぶりに自室から出た。



□□□□



「……あっつ………」

団扇とか扇子とか持ってくるんだった。そういえば今8月下旬じゃん。暑くて当然か。
人混みでごった返した通りは、熱気と賑やかな人の気配が混ざりあってかなり居心地が悪い。しかも道の両端に並んだ木々からは耳障りな蝉の音。人が少ない場所なら風流と呼べなくもないが、こんなところではただ暑苦しさを助長させる騒音でしかなかった。

そこからいち早く退散すべく、いつも来ている店に急いで駆け込む。うぃぃぃん、という自動ドアが開く音と共に、流れてくる涼しい風と店員の声が私を迎えた。

「えーと…これ、これ………と……」

店内の空気に肩の力を抜いた私は一通り棚を見て回りながら買うものを決めていく。カゴの中身はものの数分で布でいっぱいになった。
ここの店はかなり安価なものばかり仕入れているので結構重宝している。デザイン性はやや劣るから購入したのはタオルとか寝間着といった生活必需品ばかりだけど。
荷物は念で“収箱”へ収め両手を塞ぐこともなく、私は再び夏の暑い日差しの中へ出た。

「……あれ、?」

人の間を縫うように歩く私の目に留まったのは、一際目立つ派手な髪色。色とりどりの髪なんてそこかしこにいたが、その色は数日前からよく見慣れたもので、私は無意識に足を止めていた。

少し前を歩いていたのはいつものメイクをしていない好青年ルックのヒソカ。こんなところで見かけるなんて珍しいことだったので、ついその姿をまじまじと眺めてしまった。
こうやって見てると本当にただの美形だ。実際に少し離れたところで女の子たちが奴に視線を送っている。……あ、ヒソカ笑った。
その瞬間に黄色い声がここまで聞こえてきた。

(おい止めとけー、それ変態だから。戦闘中に発情して悶えるド変態だから)

きゃあきゃあとはしゃぐ彼女たちに心の中でそう忠告するも当然それが届くわけもなく、女の子たちは立ち去った奴にただただ見とれていた。
というかなんでアイツをこんな見てんだ私は。これじゃあの女の子たちと一緒じゃん。
特に奴を観察する必要はない為、私は踵を返してヒソカと反対の方向へ身体を向けた。
…………振り返った。

「…………へ?」

さっきは見えなかった小さな姿が、目の端にちらりと映り込んだ。それ……否、その人物はヒソカの隣を歩き、なにやら楽しそうにお喋りをしている。

相手は、少女だった。

(ヒソカが、女の子と?)

おいおいなんの冗談だよ。
華奢で可憐な雰囲気を纏ったその少女は、笑顔でヒソカに話しかけている。
ふと見えたその横顔は、まるで西洋人形のように可愛らしく整っていた。背が低く小柄な体躯は、ひらひらしたいかにも女の子らしいワンピースにつつまれている。

まさに美少女と形容すべき出で立ち。
そして隣にはノーメイクのヒソカ。
……まあ、つまり美男美女の組み合わせで。
足取り軽く、とてとてと前を歩く少女とその後ろをゆっくり歩くヒソカは、町行く人々の視線を一心に集めている。
確かにあれは目で追いたくなるよなー……っていやそれよりだ。
あの子誰だ。ヒソカの知り合い?
さっさと立ち去るつもりだったにも関わらず、私の目は周りの人々と同様、自然と二人を追っていた。

「……あ、」

蝉の音が一瞬、止まる。

ヒソカが屈むと同時にその首に手を回した少女は、観衆の視線など意に介さず華奢な身体を目の前の胸板に寄せた。首に吸い付くような様子を見せた後、笑顔で奴の手を引いて人気の少ない横道へ逸れていく。
ヒソカも特に拒むこともなく彼女に連れられ、私の視界から二人が消えた。

「…………」

……なんだか凄いものを見てしまった気がする。あの子、意外と積極的なタイプだったのか。
とにもかくにも、追いかける対象がいなくなったためそこにずっと突っ立っている訳にも行かず、私はさっきと同じように方向転換した。流石にこれから更に深追いしようなんて野暮なことはしない。

「あ、あの!」

「はい?」

「鞄、落としてますよ」

「あ、すいませんどうも」

あれ、いつの間に。
鞄を拾ってくれた親切なその青年からそれを受け取り、軽く頭を下げて礼を言う。そこからいち早く退散すべく、直ぐに足を動かし前へ進む私。しかし先程の人物に再び呼び止められ、その足は次の一歩を踏み出すことはなかった。

「あの…………大丈夫、ですか?」

「え?……何がですか?」

青年の唐突な言葉。なんだよ、早くここから離れたいのに。
内心鬱陶しく思いながらも、愛想笑いを浮かべて相手に問いかけた。目の前に立つ彼は私を心配してか、無遠慮に近づいて私の顔を覗き込んでくる。

「あーいえ……」

「……っ!」

反射的に接近してきた彼から一歩後退る。その瞬間に沸き起こる嫌悪感。僅かに眉を潜めてしまったが、それに気づいた様子もなく、青年は言葉を続けた。

「なんか、すごく寂しそうな顔をしていたので、つい」

「…………」

「あの、で、出来ればでいいんですけど、僕で良ければお話聞かせてほしいなーなんて……」

「………………あ?」

「ひっ……!?」

「私忙しいんだけど」

「あ、す、すすすいません!!」

なんで。

なんでこんなに苛々してるんだ。
意味もなく一般人にオーラ向けるなんて馬鹿か私は。いつもなら波風立たないように笑顔で誤魔化して逃げるのに。
怯えて走り去った青年の背中を見送ってから、ふと横にあったショーウィンドウに視線を移した。

そこに移っていた自分の顔は、確かに見れたものではなかった。

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