2/4 先に動いたのはギドだった。先手必勝とばかりに独楽をリング上で走らせる。一方ルーシャはゆっくりと刀を抜いて、だらりとした構えにもならない体勢で独楽を待ち受けた。 「――――戦闘円舞曲!!」 『先手はギド選手!リングで独楽が走ります!先日これにゴン選手は敗れましたが……ルーシャ選手、果たして!!』 ギドの“戦闘円舞曲”はリング上にある障害物をランダムに弾く能力だ。独楽の威力が強力なものならゴンのように攻撃を避けるのが普通だが、しかしルーシャにとってそれは攻撃と言えるものではなかった。 独楽のぶつかりあう重い音が彼女の周りを駆け抜ける。当然その場にいれば飛んでくるそれとは衝突するはずだが、左後ろから飛んできた独楽が当たる直前、ルーシャは先程抜いた刀でそれを弾き返し、リング外へと放り出した。 大した反動も受けることなく独楽の軌道に刀をおくだけで、リングの上で飛び交うものが一つずつ減っていく。まるで淡々とした流れ作業をするようなその動作の軽さは、以前ゴンに大怪我を負わせた独楽だとはとても思いがたかった。 『ルーシャ選手、ギド選手の独楽を難なく弾き返したァー!!』 キン、キンと高い金属の音がギドの鼓膜を震わせる。 次々に襲いかかる独楽を見もせずに刀で防ぐルーシャは、その間に一歩ずつ、靴を鳴らしてギドへと近づいていった。 「くっ……!」 『おォーっとギド選手、たまらず竜巻独楽!しかしこれを止めるのは至難の技です!ルーシャ選手、攻めを封じられました!』 既に独楽は一つとしてリング上に残ってはいなかった。ルーシャによって全て弾きとばされ、力なくリングの外に転がる独楽は、もうギドの力の及ぶ範囲ではない。 呆気なく自分の攻撃を防がれたことに驚嘆しながらも、近づいてくるルーシャから身を守るためギドは回る。 ゴンの時にもその威力を発揮した竜巻独楽。 どうだ、攻撃してみろと言わんばかりの回転に実況も力を込める。 対峙するルーシャは、ギドから2メートルほど離れた場所で接近を止めた。しばらく動きを止めた彼女だったが、少ししてから口から漏れでたのは静かな溜め息だった。 「なーんかなー……正直期待はずれっていうか…まぁ、最初からそっちの手は知ってたから仕方ないか……」 ぶつぶつと呟きながら、ルーシャは刀を鞘に納めた。すっかり戦意を消失したような口振りに、ギドは声を荒げる。 「なんだと……?ふざけてるのかお前。この状態のオレは無敵だ!!いかなる攻撃も今のオレには通用す―――ギャっ!?」 「どこが無敵なんだか。現状を見てから言え、現状を」 ギドの回転は止まった。 否、止めさせられた――――ルーシャの足によって。 『な……なんと!片足でギド選手の竜巻独楽を打ち破りましたルーシャ選手!しかし、まるでボールを蹴るかのような軽さですが……ルーシャ選手、足は無事なのでしょうか』 恐らく今彼女がやったことは、誰もが経験するような――そう、ちょうど扇風機の中に手を入れてみるような感覚に近かったと思う。 回る扇風機の中に障害物をおけば、回転に邪魔となるそれは弾き飛ばされるか羽によってずたずたに引き裂かれるかだ。 しかし、扇風機の羽より障害物が頑丈だった場合、当然丈夫な方が柔いものの動きを止める。結果、扇風機の回転は強制的に止まるのだ。 そして、この戦いでも同じことがおきた。 最もギドの回転する力は扇風機の比ではない。しかしそれを押さえ付けたルーシャのオーラが、ただ彼の攻撃力を遥かに上回っていただけのことだった。 「が……」 「これだったら最終試験の時の方がよっぽど楽しかったな……」 「ゴファッ!!」 大層やる気のないそんな呟きと共に、ルーシャは足で止めたギドを蹴り飛ばした。彼は三メートルほど空中に浮き、ごすん、と重い音を立ててリング外に投げ出された。 「ギド選手、失神によるKOとみなし、勝者ルーシャ選手!」 『なんと!!たった足一本で勝負を決めてしまいました!!200階クラス最初の試合、ルーシャ選手圧勝ォォー!!』 自分好みの試合ができなかったことに若干の不完全燃焼を感じつつ、更に沸き立つ歓声に顔を歪める。その騒音から逃げるようにして早足でリングを降りたルーシャは、さっさと闘技場から姿を消した。 [前] | [次] 戻る |