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ヒソカ曰く。
・念の内容は二つ。
・先も話したように『男に触れること』『男に触れることを意識すること』が条件。
・条件を二つとも満たすと、触れてきた対象に対し自動的に攻撃を仕掛ける。
・この念は自覚した瞬間に効力を無くす。
・周りに念の可能性を指摘されるまで、本人がこれを念によるものだと自覚することはない。

「今キミに念がかかっていることを告げた瞬間に、概要が頭の中に流れ込んできたんだよ◇どうやら一番最初に念であることを気付かせた人物には、その内容の全てが分かるようになっていたらしい◆」

面白そうにそう言っていたヒソカだったが、事の詳細を聞く度に、ルーシャの表情は渋いものへと変わっていった。
今まで自分の性分だと思っていた『男嫌い』が、念能力によるものだという事実を知った瞬間彼女が抱いたのは、不快感と不安感、そして不信感。
心の何処かで確信があったにも関わらず、ルーシャはしばらくそれを信じようとしなかった、否、信じたくなかった。

「嘘だろ……バカ言うなよ」

「本当さ◆考えてもみなよ、キミは今まで男に触ると必ずそういう風に拒否反応が出ていたのかい?」

ヒソカはそう言ってある例を引き合いに出した。
例えば、一次試験にヒソカがルーシャを捕まえた時。ヒソカは彼女の髪をすいたり肩を掴んだりしていたのだが、ルーシャ自身はそれ以外に気をとられて自覚が無かったため、念が発動することは無かった。
更に最終試験。
一対一の肉弾戦では、相手に触れずに戦うなど出来るわけもない。その時も、ルーシャが『男に触れている』という意識が無かったからだとヒソカは話した。

「…………」

「信じてくれたかい?」

大体筋は通っている。
さっきの「実験」とシルバとの仕事の時のことを入れても辻褄は合う。受け入れがたいことではあったが、自身の頭の隅にある確かな感覚は、それが事実であることを強く訴えていた。

「………信じざるを得ないな」

それだけ漏らしてルーシャは顔を膝に埋めた。

「しかし誰かが気づきそうなものだけどね◆原因が分からないって言っていたけど、念をいつかけられたかもやっぱり……」

「分からない」

「記憶を消されたのかな?」

「さあ、ただ単に忘れてるだけかもしれないし。……でも、物心ついた時から既に『私は男嫌いなんだ』って思ってた。今考えると明らかに変だけど」

くぐもった声でそう言って溜め息を吐く。
この少しの時間でとてつもなく疲労したような気がした。勿論新たな事実が発覚したからではあるのだろうが、それ以上に彼女が思ったのは「念だから何なんだ」ということだった。
昔からずっと思い込み続けてきたものを、今更念だったと言われてもいきなり平気になる訳がない。
むしろ今まで無理矢理培われてきた『男との接触=拒否反応』の意識が常に頭にある以上、ルーシャの男嫌いは当分直らないといってもいいだろう。

「まあ……それだけの話だよな。どうせ今更男嫌いも直せないし」

顔を上げて嘲笑ぎみに呟くルーシャ。
頬杖をついたその顔は、そっぽを向いているせいでヒソカには見えない。
だが、ほんの僅か、一瞬聞き逃せば消えてしまうような感情がちらりと垣間見え、彼はいつもの食えない表情を少しだけ崩した。

「何後ろ向きな事を言ってるんだい◆苦手なものはこれから克服していけばいいじゃないか◇」

「お前こそ殺人鬼のピエロの癖して何真っ当なこと言ってんだよ」

「ピエロじゃなくて奇術師◇」

「どっちでもいいじゃんそんなの……」

ルーシャの声はほぼ独り言のように、ふよふよと力なく空中を漂った。
静まり返った200階の廊下は、蛍光灯に照らされどことなく暗い雰囲気を醸し出している。その中で二人並んで座る彼らにも、どこか重い沈黙が降りていた。
一向に目を合わせる気のないルーシャの金色の髪を、ぼんやりと眺めるヒソカ。ふと、彼女の拳が小さな音を立てて握りしめられていることに気がつき、彼は僅かに目を細めた。

「…………じゃあ、こうしようか◇」

「何が?」

「キミの男嫌い克服、手伝ってあげるよ◆」

「………………はあ?」

「ようやくこっち向いた◇」

勢いよく振り返ったルーシャの顔からは、先程の憂いなど一気に吹き飛んでいた。ヒソカは罠にかかった獲物を見るようににんまりと彼女に笑いかけ、なんの前触れもなくルーシャの身体を自分に引き寄せた。

「てめっ……!!」

「こうやって少しずつ慣れていけばきっと平気に……」

ヒソカの声が止まると同時に、ばちん、と痛々しい音が響く。
近づいていたその頬を思いきり叩きつけたルーシャは、振りかぶった手を握りしめてからはっとして目を泳がせ俯いた。

「あ……わ、悪い」

「……◆」

いくらなんでもいきなり頬を殴るのはやり過ぎだと、小さく謝罪の言葉を口にした彼女は、それからヒソカの顔を見上げ、不可解な表情を浮かべた。

「……くく、」

これ以上ないほど愉快そうに笑う押し殺した声が微かに聞こえる。血の滲む口元を歪め、肩を震わせるヒソカに困惑するルーシャ。しかしぶわりと沸き上がったオーラの質を理解すると同時に彼女の視線は冷めたものへと変わっていった。

「ボクならいくら殴られても構わない◆いい練習台になるよ◇」

「……その顔でいわなきゃ最高に格好いい台詞になるのにな」

「何いってるんだい、今でも格好いいだろ?」

どこからそんな自信が沸くのか、得意気にそう言ったヒソカ。未だ扇情的な雰囲気を醸し出しながら、彼はさあ、お姫様?とおどけて片手を差し出した。

「まずは少しずつ、だね◆」

「…………どれだけ殴られたいんだよ、このマゾが」

「うーん、誉め言葉◇」

軽口を叩きながらも、ルーシャの手は、目の前に差し出された大きな手を掴んでいた。

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