5/6 ゴンとキルアに聞いた宿の扉をたたくと、はい、と聞き覚えのある声と共に中からウイングが出てきた。 彼女の顔を見た途端、何かを悟ったような表情を浮かべた彼は何も言わずにルーシャを部屋へと招く。 中には修行中のズシがいて、入ってきたのがルーシャだと分かると軽く会釈してから“纏”を再開した。 「才能ありますね」とその様子を眺めるルーシャにええ、と頷いてからウイングは本題へと入った。 「ここに来た理由は大体分かります。“何故二人に念を教えなかった”と、そう仰りたいのでしょう?」 「それもありますが、そっちは想像がつくので。私がここに来たのはお願いしにです」 「お願い、というと……」 「アイツらはきっと直ぐにでも200階に到達します。あのまま上がって戦えば必ず洗礼を受けることになる。門下生ではないのは確かですが……教えてやってもらえませんか、念のこと」 彼女の言葉にウイングは訝しげな視線を送ってくる。既に念を修得しているルーシャがわざわざ自分にそれを頼みに来る必要があるのだろうか、と。 それを言わずに感じとったルーシャは、師匠に口止めされていることをその後に付け足した。 「師匠……?そういえばルーシャさんの流派はズシと同じ心源流でしたね。師というのは……」 「あなた方が良く知る人物です。心源流の師範ですよ」 「!……そうでしたか、貴女が」 反応を見るところどうやら存在だけは聞かされていたらしい。更に念を押してルーシャは言葉を続けた。 「だから私からは教えたくても教えられないんです。さっきも言った通り私たちは恐らくすぐに200階にまで上ります。それまでにお願いしたい」 「……少し、考えさせて下さい。まだ時間はあります」 「…………。分かりました」 □□□□ 「どんなとこかな?200階は」 「さぁな。オレもこっからは行ったことないからなぁ」 (ウイングさん……とうとう来なかったな。ったくガードが固いっつーか出し惜しみっつーか) ルーシャは心中で悪態をつく。ここまで来てしまえばもう自分から二人に話すしかない。 彼らも得体が知れないだけで、“念”というモノの存在は知っているのだし、ネテロには素直に謝ればいい。どうせ自分から話したかどうかなんて、彼に会えば直ぐに見抜かれてしまうに決まっている。 (どんな仕置きしようか楽しそうに考えるあの顔見なけりゃなんないのか、嫌だなー) 深い深い溜め息を吐いた彼女を不思議そうに二人は見つめるが、その視線にも気づかないほど彼女は落ち込んでいた。 エレベーターが目的の階に辿り着き、無機質な電子音が響く。扉が開ききってから、三人は未知の世界である200階へと降り立った。 「ゴン、キルア」 「ん?」「何だよ?」 「一つ、忠告しておく。この階の闘士は――――」 全員念使いだ。 そう続けるつもりだった言葉を遮ったのは、誰かの放ったオーラだった。二人もその気配を感じたらしく、ピン、と緊張の糸がその場に張りつめる。 「行くぜ、行ってやる!」 「あ、キルアまだ行かないほうが……ってゴンも!!」 二人は早足でそこに向かって歩き出した。しかしオーラの重圧が更に増し、彼らの行く手を阻む。 「これは殺気だよ!完全にオレ達に向けられてる!」 「おい!一体誰だ!?そこにいるやつ出てこいよ!!」 (このまとわりつくような粘っこい感じ……) 微かにルーシャは悪寒を感じた。どこかで感じたことのあるようなオーラ。 心当たりはありすぎるぐらいあったが、彼女はいやいや、ないって有り得ないって、と頭に浮かんだ一つの可能性を一瞬にして消し去った。 その念の壁から歩み出てきたのは、200階の案内嬢。しかしこの人物がオーラを放っているわけではない。 「キルア様、ゴン様、ルーシャ様ですね。あちらに受付がございますので、今日中に200階クラス参戦の登録を行って下さい」 案内嬢が登録の際の諸注意を話す。200階クラスの待機選手や武器が使用可能になること、ファイトマネーがなくなること等必要事項を一通り述べた後。 その脇から一人の男が姿を表した。 (…………。……ん?おかしいなー。変なものが見えるなー) ルーシャは目を痛いほどこすった。 先程思い浮かべた姿、あり得ないはずの姿が目の前にある。 自分の目が少しおかしいんだろう、そう思って何度も瞬きをするルーシャの微かな現実逃避は、ゴンとキルアの声により粉々に打ち砕かれた。 「ヒソカ!?」 「やぁ◆」 二人は目の前の彼を信じられない表情で凝視する。が、彼らの反応を見ても未だにルーシャは現実を認めようとしなかった。 「あれー?おっかしいなー疲れてんだなたぶん……」 「いい加減目を擦るの止めなよルーシャ◇摩擦で瞼が焼けるよ?」 ヒソカの言う通り、ルーシャは凄まじい速さで目を擦っていた。そろそろ煙が出そうな勢いで。 「あーほんとダメだな私……。幻覚どころか声まで聞こえるよ」 「ルー姉、諦めろ」 「ルーシャ、仕方ないよ」 ほとんど同時にキルアとゴンがそう告げた。 「嘘だあぁぁぁ!!人生で二度もヒソカに出くわすとか嘘だあ!!!こんな不意打ち認めねーぞなんでここいんだよお前!!!」 「別に不思議じゃないだろボクは戦闘が好きで、ここは格闘のメッカだ◇君達こそ、なんでこんなトコにいるんだい?」 (じゃあ本当に偶然……) 「なんてね◆もちろん偶然なんかじゃなく、君達を待ってた◇」 電脳ネットをちょっと操作すると、誰が何処にいついけるか簡単に検索出来るのだ。後は私用船で先まわりして、空港で待ち後をつけた……ということらしい。 「うーわー……本格的にストーカーだな。前からそうだけど、今回もドン引き」 嫌悪感で一杯のその声を綺麗に受け流し、ヒソカはそのまま話を続けた。 「そこで、ここの先輩として君達二人に忠告しよう◇このフロアに足を踏み入れるのは――――まだ早い◆」 そう言って軽く腕をこちらへ振った途端、ヒソカの念が三人を襲う。当然念に対して無防備なゴンとキルアは顔を歪めてそれに全身を硬直させた。 彼も恐らくルーシャと同じことを考えているのだろう。他の選手に洗礼を受ける前に、念を覚えてここにこい、ということだ。 この二人は話だけ聞いても念の恐ろしさを軽く見るかもしれない。こうして実力行使することで、彼らは念を覚えざるを得ない状況に立たされた訳だ。 今この時だけ、ルーシャはヒソカに感謝した。本当に、本当に少しだけだが。 (たぶんまた青い果実がどうとかなんだろうけど……) 「出直したまえ◆とにかく今は早い◇」 「ざけんな!せっかくここまで来たのに…」 キルアが必死に念に逆らいながらヒソカに反論するが、 「通さないよ◇ってか通れないだろ?」 重い空気がのしかかり、二人はそれ以上先に進めない。ヒソカの念に耐えながら、キルアは隣に立つルーシャを悔しげに睨んだ。 「ルー姉、なんでオレ達に教えてくれなかったんだよ……“ネン”のこと!!」 「え!?ルーシャ知ってたの?」 「ズシに“レン”のことを聞きに行くとき、着いてこようとしなかったのが決定的だろ!あの時既に、ルー姉は“ネン”を知ってたんだ!!」 ルーシャは肩を竦めてみせた。鈍いゴンはともかく、正直キルアなら気づくだろうとは思っていたのだ。 「本当は早く私も教えたかったんだよ、まあ色々事情があってな。でももう心配する必要はなさそうだ」 一旦言葉を区切ってからルーシャは二人の背後に立つ影を見た。 「ようやく“先生”は決意を固めてくれたらしいし」 [前] | [次] 戻る |