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「よろしくお願いします」

「あー……こちらこそ」

つられてルーシャも軽く返事をして頭を下げた。

彼女の相手は、先ほどのゴンの試合相手に勝るにも劣らない筋骨たくましい体をした男。しかし何故か妙に礼儀正しく、先のように挨拶してにこやかな笑みを浮かべている。
ルーシャはその表情の意味が分からず首を傾げたが、観客席の「戦いが終わったらお持ち帰り」発言に口の端をつり上げたのを見ると、どうやらそういうことらしい。

「よろしければこれが終わったらお茶にでもいきませんか?」

「私に勝ったらな」

(こんなとこでも色気づいてる輩はいるもんなんだな……)

そう呆れて、ルーシャは試合開始早々に男の脇腹に蹴りを放つ。抵抗する間もなく男は観客席へと飛ばされ、ゴンの時と同じように派手な破壊音を会場に響かせた。
観客の青ざめた顔は一切無視して、50階行きのチケットを手にしたルーシャはゴンとキルアが待つ場所へとつかつかと早足で向かったのだった。

「このビルでは、200階までは10階単位でクラス分けされています。つまり、50階クラスの選手が一勝すれば60階クラスへ上がり、逆に敗者は40階クラスへ下がるシステムです」

その後、天空闘技場のエレベーター内。
50階行きが決定したルーシャたち三人は上へ移動しつつ案内嬢の説明を聞いていた。
100階をクリアすれば個室を貰えるらしいというキルアの補足を小耳にはさみながら、ルーシャはちらりと同じエレベーターの中にいる柔道着の少年を見た。先程1階で彼女が目にした少年だ。

(この子……)

少年のオーラが、念能力者が纏うそれと同じことにルーシャは気がついた。向こうもこちらが念使いであることが分かったのか、目を見開くのが視界の端に見える。まだ発展途上なところを見ると、修行中なのだろう。

「押忍!」

エレベーターを出てから振り向くと、その少年も共に50階で降りていた。なんとなく目が合った彼とお互いに挨拶を交わす三人。
同じ年頃の男の子だということもあり、ゴンとキルアは彼が多少気になっていたらしい。

「自分、ズシといいます!」

「オレキルア」

「オレはゴン」

「私はルーシャな」

四人は自己紹介をした後、小話をしながらロビーへと向かう。
ズシと名乗った少年は最初にルーシャが受けた印象どおり、礼儀正しく謙虚な性格だった。一緒に50階に上がってきた三人を褒めて尚且つ「自分はまだまだ」と謙遜の意を示すズシに、ルーシャはおお、と少し大げさに驚いてキルアに目をやった。

「なんと謙虚な。キルアこの謙虚さを見習え」

「オレが傲慢だって言いたいのかよルー姉!」

「もう少し控えめになったらどうだって言ってんの」

「その台詞そのままそっくり返すぜ、ガサツ女」

「テメコラ、表ェ出ろ」

「ルーシャ怖いよ、口調が完全にヤクザだよ」

仲が良いんすね、と楽しそうにズシは笑う。どう見ても空気は険悪なのだが、彼の目には微笑ましい光景に映ったらしい。なんとなく間延びした発言に気が抜けたのか、互いに睨み合っていた二人はひとまず休戦といった状態で顔を反らした。

「ちなみに皆さんの流派は何すか?自分は心源流拳法っす!」

(……ということは、)

その言葉にぴくりと反応するルーシャ。勿論三人に気づかれない程度に。
“心源流”という流派は、ハンター協会会長であるネテロが師範をつとめている。ならば彼の師匠は十中八九協会の関係者だ。
ズシの念の発展途上度合いを見たところ、その師が念を教えているのは明白。もしかするともしかするかもしれない。

(もし裏試験官なら……念を知るまであと少しかもな、二人とも)

一方聞き覚えのない言葉に顔を見合わせ、首を傾げるゴンとキルア。流派というもの自体よく知らないため特にないと答えた二人に、ズシはかなり大きなリアクションを示した。誰の指導もなくここまでの実力を持っている彼らに気圧されたのだろう、ズシは力なく押忍、と呟いた。

「あー……一応私心源流だぞ、一応な」

「え、何それ、初耳なんだけど」

「んー……まあな」

口ごもりつつ言葉を返すルーシャ。
ここで心源流の師範がネテロだということを明かしてしまえば、ズシが、いやズシの師匠がハンター協会関係の人間だとバレてしまう。
特にそれが悪いことではないのだが、掘り下げれば容易に念の存在を話しかねないため、彼女は曖昧に返すしかなかったのである。
一方ズシの方は驚いたように大きな目を更に見開いた。まさか同じ流派だとは思わなかったのだろう。

「そ、そうなんすか!?じゃあ自分の先輩っすね!」

「言ってもまだ浅いしほとんど我流で今まできてるからな」

「いえ、ルーシャ先輩とお呼びするっす!!」

「あ、ありがとう」

嬉しそうに押忍!と構えるズシ。そんな彼の健気さのせいか慣れない呼び名のせいか、ルーシャは若干の照れ臭さを感じて苦笑した。
しかし同時に彼女が頭の隅に思い浮かべたのは、最近ぼちぼちやりかけているゲームの後輩設定のヒロインだったが。
ルーシャの脳内がゲームの方向へ傾きかけたその時、小さな拍手が四人の耳に届いた。

「ズシ!よくやった」

「師範代!」

ズシがそう言って振り返ると同時に、三人もそちらへ視線を向ける。
そこにいたのは柔らかな雰囲気を纏った男。優しい先生、といった印象を持たせる穏やかな顔つきをしている。しかしどこか抜けた性格なのか、弟子にシャツの裾を指摘されるというなんとも情けない姿を見せた師範。
身だしなみを整えた後、仕切り直しとばかりに咳払いを一つついてから、改めて彼は三人に向き直った。

「そちらは?」

「あ。キルアさんとゴンさんとルーシャ先輩です」

三人ににっこりと微笑み、「はじめまして、ウイングです」と彼は名乗る。それからズシの言葉に先輩?と呟いてルーシャに目を向けた。

「あ、ルーシャ先輩は心源流だそうです」

「そうなんですか?」

目を細めるウイングに、ルーシャはとりあえず愛想笑いを浮かべる。にこり、と浮かべられたその笑顔の中には、彼女から見て明らかに分かるほど、疑惑の視線が混じっていた。

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