5/6 「おお来たか。まずルーシャだけ来てくれるか」 シルバの部屋の前。ノックをして返ってきた声の通り、じゃあお先に、とルーシャは後ろからついてきているキルアに声をかけた。しかし彼の方はシルバに何を言われるのか不安なようで、その言葉にも空返事だったが。 扉をゆっくりと開けると、悠々とした態度で座るシルバが直ぐに視界に映る。彼の目の前に黙って腰を下ろしたルーシャは早速、と言うように話を切り出した。 「で?何だ話って」 「その前に……忘れていたぞ」 「!これ……」 そういってシルバが手に持ったのは、ルーシャがハンター試験からずっと持ち歩いていた刀。どうやらゾルディックの私用飛行船の中に置いてきてしまっていたらしい。彼女はそれを両手で受け取り、大切そうに抱えた。 「そんなに大切なら手離すんじゃない」 「ああ、武器を装備してるって描写が今までほぼ無かったからな、私までこれの存在忘れてたよ」 さりげなく世界が崩壊しかねない台詞を吐いた後、彼女は鞘に結わえ付けられた紐を肩にかけて刀を担いだ。 「そんで本題は?」 「……キルアのことだ」 シルバ曰く、今までずっとキルアを家に縛り付けていた事は悪いと思っているらしい。だからちゃんと親子としての話がしたくて彼をここへ呼んだのだが、それでもやはりキルアは友人の元へ行きたがると思っている、と。それなら無理に家に留まらせることもせず一度好きにさせてみてもいいのではないか。 彼はそこまで一気に話してから、小さく苦笑した。 「やはり寂しいな、子供が親元を離れていくというのは」 「天下の暗殺一家とか呼ばれてるゾルディック家当主様も、案外普通の感覚持ってるもんだな」 「今寂しいと感じるだけだ。……どっちにしろあいつはいつか必ずオレの元に帰ってくる。オレの子だからな」 「まぁ実家だし、適当に帰ってはくるだろうな」 「……いや、そういう意味じゃないんだが」 真面目な雰囲気をわざとぶち壊しているような気もしたが、ゴホン、と咳払いをした後、シルバは表情を引き締めて話に戻った。 「それでだ。お前、これからどうする気だ」 「……どうするって?」 「確か今居るのはハンター協会の本部だったか。これからそこに帰るのか?」 「いや、別に帰らなきゃいけない決まりはないし、キルアが家出てくなら暇だから一緒に着いていってみようかとは思うけど」 「そうか。実は頼みたいことがある」 「何だ?」 「キルアと……一緒にいてやってくれないか。あいつはまだまだ未熟だからな、ルーシャがあいつを見守ってやってくれ」 「いや無理」 「よろしくたのん…………。は?」 さらりとテンポよく返事が返ってきたため、そのまま流してしまいそうになった。シルバは彼女が発した言葉を数秒かけてしっかり反芻した後、先のように声を上げ、それから脱力した。 「……お前、そういう時は普通『任せておけ』というものだろうが」 「いや知らねーし。一応できるだけはキルアに着いてくつもりたけどさ、こっちだって予定はあるしそこまで責任持って『わかりました!』なんて言えないから」 「はぁ……分かった、出来る限りでいいからよろしく頼む」 「はいはい、頼まれましたよー」 軽く応じたルーシャのマイペースさに呆れてため息を吐いたシルバ。彼女の態度からして本当に適当にしか聞くつもりがないのか、それとも現実主義的な考えなのかは分からないが、少なくとも責任感は欠片も持つつもりはないだろう。 どちらにせよこいつらしい、とシルバは独りごち、そしてもう一つ話さなければいけないことがあったのを思い出した。 「そうだ、あと一つだけ」 「まだあるのか?」 「……クモのことだ」 その瞬間、面倒くさそうに頭を掻いていたルーシャの手が止まった。 「お前、旅団員とはあれから会っていないな?」 「……会うわけないだろ」 「ならいいんだが。クモが近々、半年後か一年後かわからんが大きな動きをするらしいという噂を聞いてな」 「大きな動き?何だそれ、情報源は?」 「それは言えん。仕事上の守秘義務は守らなければならんのでな。まあ念のために、だ」 ルーシャは眉をしかめてじっとシルバを見据える。何も言う気はないらしいその鋭い視線と数秒目を合わせ、それからふっと反らした。 「……情報提供どうも。話は終わりか?」 「ああ、行っていいぞ」 その声に踵を返して、ルーシャは早足にシルバの部屋を出た。 □□□□ 私はシルバの部屋を出た後、自分が使っていた部屋へ戻りここを出る用意をした。 シルバからの許可も得たし、今頃キルアは大喜びだろう。あ、でもキキョウさんは……どうなんだろう。キルアが出ていくの知ったら怒るんじゃないか?こっそりって訳にもいかないし。 どっちにしろミルキの言ってた通りゴンたちは試しの門を開けて執事室まで来たんだろうし、私も久しぶりにアイツらには会うつもりだけど。キルアも楽しみだろうな。 他に気になると言えば―――最後に聞いたクモのこと。近々大きな動き――――か。たぶんクラピカ辺りなら情報を掴んでいそうな気もするが、そうなると……彼は近々クモと接触するかもしれない。 「…………」 私は、ゴンたち四人にかつて私が幻影旅団員だったことを伝えていない。 というより言えない。言えるわけがない。 悲しみと憎悪に満ちたクラピカの瞳。あの瞳を見たとき、思わず私は目をそらしてしまった。 あの憎しみを生み出したのが自分だと分かっている。分かっているのに―――どうしようもなく、逃げたい衝動にかられた。 しかしこのまま隠してはいられない。ずっと隠し通せる自信もない。いつかはこの事を彼らに伝えなくてはいけなくなる。でも――― 「あー……ほんとどうしようかな……」 一人、私は呟いた。 □□□□ 「ゴン!……あとえーとクラピカ!リオレオ!!」 「ついでか?」 「レオリオ!」 場所は変わり執事室。 キルアとルーシャは本邸から出る許可をシルバからとり、久しぶりに三人との再会を楽しんでいた。途中キキョウに鉢合わせし、どうしようか焦ったルーシャだが、 「キルアは私に任せて下さい!」 などと適当に言って出てきてしまった。当の本人はキルアの殺気に何故かうっとりしていて彼女の言葉など聞こえていなかったと思うが。 「久しぶり!よく来たな、どーしたひでー顔だぜ」 「キルアこそ!」 「ルーシャも久しぶりだね!」 「ああ、久しぶり。そういえば三人とも試しの門開けたらしいじゃん。あの短期間でやるなんて流石だなー」 「えへへーでもね、レオリオの方がもっと凄いんだよ!Uの扉まで開けちゃったんだもん!!」 「…嘘だろ……?」 「オイルーシャ、心底信じられない顔でオレを見るな!」 (マジかよ……今日からちゃんと筋トレしよう) レオリオに悟られないようごめんごめん、と笑いながら、今度こそ鍛え直すとルーシャは心に決めたのだった。 [前] | [次] 戻る |