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「おや、こんばんは」

「こんばんは、タールさん。今夜はこんな素敵なパーティーにお招き頂き、ありがとうございます」

丁寧な動作でルーシャはドレスの端を持ち挨拶した。因みに出席者と主催者の名前は他の人間との会話の中で確認している。
彼に近づく途中、護衛がこちらへ向かってくるのが目の端に映ったが、同時にシルバが発した殺気に反応した彼らはそちらへ方向を変換した。
主催者であるタールの一番近くにいた護衛二人を除き、約半分が既に会場の外にいるシルバを追いかけていく。恐らく5分もしない内に外から応援要請を受けて、会場から護衛は消えるだろう。
その5分、ルーシャはタールの話し相手として雑談を交わしておけばよい。
なんてことはない、簡単な手伝いであるはずだった。

「いえ、楽しんでくれているようで良かったです。今日はどちらの方と?」

「マルコス夫人の友人ですわ。今日は彼女の代わりにこのパーティーに出席させていただきましたの」

完璧な愛想笑いを浮かべて嘘八百を述べたルーシャ。この手の演技は彼女の十八番である。仕草、口調、その他の癖など、一般人ならまず疑わないその演技力は、すっかりタールを騙しきっていた。

「ご夫人のご友人でしたか。確かに最近ご病気の調子が悪いとかで、出席されるかどうか不安ではあったのですが、そうですかあの方の」

「病気は快方に向かっているそうですのよ。今回は偶々風邪をひいて」

「そうですか……ご夫人にはお大事に、とお伝えください」

「ええ。でも、マルコスさんには悪いですけど、このパーティーに来れて本当に良かったですわ。タールさんとこうして知り合えてお話できましたもの」

同時に熱のある視線をタールへと送る。よくあるハニートラップというやつだ。これで好意を持っているように見せれば、少しは場を引き延ばせる。案の定タールは嬉しそうに微笑み、ルーシャとの距離を縮めてきた。

(大丈夫大丈夫、これくらいなら我慢できる)

会場に残った護衛が外へ出ていく気配を感じ取ったルーシャはタールに見えないように拳を握る。主催者はパーティー出席者を順番に回って挨拶をしている。彼を5分、しかも初対面にも関わらず引き留めるには、ただ雑談をするよりこれが確実な方法だと、彼女は考えていた。

「私も、貴女のような美しい人と知り合えてとても光栄です。お名前をお聞きしても?」

「ローラと申します」

適当に思いついた偽名を名乗る。ローラさんですか、とタールは微笑むが、笑みの中に含んだ何かを感じ取ったルーシャは心中で警戒する。気づかれてしまったのか、それとも何か考えているのか。
しかしルーシャの予想し得なかった行動にタールは出る。普通なら少し考えれば分かるはずのことだったが、男性経験ゼロの彼女には考えつかなかったことだったのだろう。
彼はごく自然な素振りでルーシャの腰に手を回した。

「…………っ!?」

本当にそれだけだったのだが、しかし彼女にとってはかなりの大事。本来なら再起不能なほど相手の手を砕いているところだが、まだ彼の護衛はついている為、ここで反撃するわけにはいかない。
肌が粟立っていることを気づかれないように祈る。心中は凄まじい嵐が巻き起こっていたが、震えそうになる体をなんとか押さえつけて、彼女は笑顔を保った。

(が、がががが我慢だ我慢!!耐えろルーシャ!怖くない怖くない怖くない怖くない……!!)

「ぶごォッ!!」

「……え?」

その瞬間、タールが苦悶の声を上げ倒れた。同時に拳に何かが当たった衝撃。
紛れもない自分の手が彼の顎を殴っていたのに気づいたのは、護衛が近づいてくる足音が聞こえてきてからだった。

「いやいや、我慢したじゃん私。何勝手に殴ってんだよ!?」

彼女の言動は端から見ればつい手が出てしまったというただの後悔に聞こえるだろう。が、それは今の現状を理解できず出てきた言葉だった。本当に“勝手に”手が動いたのだ。ルーシャの意思に関係なく、自動的に。

「げ……ヤバい」

一斉に飛びかかってきた護衛の二人をいなし、倒れているタールへ近づく。見たところ気絶しているだけのようだが、鼻血を出して倒れている彼を見た周りの人間は悲鳴をあげルーシャから離れていった。
騒ぎを起こしてしまったことに舌打ちして、彼女は再び襲いかかってくる護衛に構える。

「……!」

「うわ!?」「何!?」「停電?」「きゃっ!!」

しかし会場の照明がいきなり落ちたことで、護衛の攻撃は繰りだされることはなくなった。恐らく騒ぎに気がついたシルバだろう。円で護衛とタールの場所を探ったルーシャは自身の能力を発動させた。

(収箱―――クロゼットキューブ)

彼女のオーラで作られた三つのキューブが闇の中に突如出現する。それは倒れているタールと護衛を一瞬にして飲み込み、そして消えた。



□□□□



「お前なぁ……」

「……悪い。でもとりあえず仕事は無事済んだし、結果オーライだろ?」

「そりゃあそうだが、顔を覚えられたかもしれんぞ。あれだけ大勢の人がいたのだから」

「普段は絶対にしない格好だったし、化粧と服装変えれば分からないだろ」

「それならいいが……」

「それより……なんで勝手に手が出ちゃうんだろーなぁ……。今回は特に違和感があったし」

「無意識に男に恐怖しているだけじゃないのか?そもそもお前、何故男が苦手なんだ」

「………………あれ?」

「どうした?」

「思い出せない」

「は?」

「なんで私、男嫌いなんだろ……?」

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