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ひき続き第四試合、294番ハンゾー対53番ポックル。
前の試合のダメージを引きずっているとはいえ、実力はハンゾーが圧倒的に優勢だった。ゴンの時と同じく一方的な拷問が続くかと思われたが、

「悪いがあんたにゃ遠慮しねーぜ」

この一言が決め手となり、ポックルは負けを認めた。
続く第五試合、44番ヒソカ対191番ボドロ。
この試合は、ヒソカの圧勝。傷だらけのボドロに何かを耳打ちしたとたん、彼はすぐに負けを認めた。
その後の第六試合、99番キルア対負け上がり、53番ポックル。「キルアここで絶対に勝て!絶対だ!」と言うルーシャの声を無視してキルアはあっさりと棄権し、ポックルが勝利。

第七試合のレオリオ対ボドロは、ボドロの負傷を理由に延長となり、第八試合、キルア対ギタラクルが先に行われることとなった。

(ああ……先に勝っとけってあんだけ言ったのにキルアのやつは!!)

戦闘開始位置についた二人を眺めるルーシャの表情は険しい。何しろ相手のギタラクルは見たところ念能力者だ。下手に危ない能力ならキルアの精孔が開いてしまうかもしれない。何も分からない状態でいきなりそうなれば、抵抗する術なくして命を落としてしまう。
それに直接関係はないが、二次試験開始直前のルーシャに対するギタラクルの不自然な行動も気になった。

胸に不安を抱きながらも、彼女は戦闘開始に構えるキルアを見守る。しかしそんなルーシャの心配は、良い意味でも悪い意味でも裏切られる結果となったのだった。

「キル」

唐突にギタラクルが発したこの言葉。
会場にいる受験生たちは不思議そうに首を傾げた者が大半だったが、ただ二人、キルアとルーシャだけは聞き覚えのあるその声に顔をひきつらせる。

「気づかなかったようだね」

ギタラクルは顔に刺さった針を全て抜き取った。ボキ、バキ、と骨が歪み本来の顔を彼は取り戻す。特徴的な暗い色の猫目に艶やかに伸びる長い黒髪。

「兄…貴!!」

「げっ……イルミ!?」

そこにいたのはキルアとルーシャがよく見慣れたゾルディック家長男、イルミの姿だった。
自分の対峙している人物の正体を見た途端、キルアは大きな目を更に見開いた。その表情にあるのは、恐怖、不安、警戒心といった負の感情。
二人のその言葉を聞いて、他の受験生たちも声を上げる。最も、その半分がイルミの豹変ぶりに驚いたからだが。

「お前、今までずっと変装して試験受けてたのか……キルアの尾行でもしでェっ!?」

「人をストーカーみたいに言わないでくれない?不愉快なんだけど」

ルーシャの顔から5センチの距離で壁に音もなく鋲が刺さった。避けていなければ確実に彼女の額を射ていただろう。
イルミは的が外れた事にその整った顔を一切歪めず舌打ちをした。

「外れたか……チッ」

「いや『チッ』じゃねェだろ!!審判!この場合どうなるんだ!逆に試合中の人が受験生を攻撃してきた場合は失格なんじゃないのか!?」

「それは問題ない。100番はもう合格しておるからのう」

それに答えたのはネテロ。勢いよくそちらへと顔を向けると、ネテロはにんまりと愉しげに口角を上げていた。若干殺意を覚えながら、ルーシャは拳を握る。握りすぎて骨が軋んだ音がした。

「オレがハンター試験を受けてたのは次の仕事の関係上資格が必要だったから。ハンターライセンスがあれば色々便利だしね。だから本当に偶然なんだ」

「ああ、そう」

「君に喋ってるんじゃないんだけど、ルーシャ」

「……なぁ、お前なんかあいつにしたのか?随分嫌われてるようだが」

隣にいたレオリオがそっと耳打ちしてくる。正体を現してから、ギタラクル、もといイルミはいきなりルーシャに攻撃を仕掛けた。言動に腹が立っただけにしてはかなり酷い対応である。顔の割には血の気が多い奴だな、とレオリオは呟くが、ルーシャはそれを否定して眉間に皺を寄せながら答えた。

「いやな?私、キルアの格闘技術指導してるっつったろ?」

「ああ」

「それをゾルディックの現当主、まぁキルアの親父さんに頼まれた訳なんだけどさ、それまではキルアを指導してたのイルミなんだよ」

「はぁ……。で、それとこれとはどういう関係だ?」

「だから、イルミの立場からすると『オレじゃなくてなんで赤の他人に弟の教育任せるの?』ってこと。手っ取り早くいうとパッと出の私がキルアの教育権ぶんどったのが気にくわない――――」

「五月蝿いんだけど」

「スイマセーン」

追撃に十ほどの鋲が飛ぶ。軽い返事と共に全て避けきったルーシャは眉間の皺を崩さず黙った。この手のやりとりは慣れているようである。
因みに隣にいたレオリオもとばっちりを受けていた。目の前数ミリの場所で刺さった鋲に背筋を凍らせたレオリオである。
そんなルーシャや周りの者たちを無視し、イルミは正面にいる自分の弟に詰問した。

「母さんとミルキを刺したんだって?」

「……まぁね」

「母さん泣いてたよ」

イルミの言葉にレオリオが呆れる。とんでもねーガキだと呟いた彼はしかし、次に聞こえてきた台詞に思わず肩をずり落とした。

「感激してた。"あの子が立派に成長してくれててうれしい"ってさ」

(キキョウさん、ゾル家のなかでもとびきり思考回路ぶっとんでるからなぁ……)

「“でもまだ外に出すのは心配だから”って、それとなく様子を見てくるように母さんに頼まれたんだけど―――奇遇だね、まさかキルがハンターになりたいと思ってたなんてね」

「あんな薄っ気味悪い変装をして、今まで弟を監視してたのか…念が入ってるぜ」

「確かにあの顔はないよなー……」

イルミの真意は定かではないがいくら何でもあの顔では隠れていても悪目立ちしてしまうだろう。イルミは静かに続ける。

「隠してたのは悪かったけど、キルはどうなの?」

そう聞かれたキルアだが、彼にいつもの元気はない。微かに震え、イルミの視線から逃げるようにして小さな声でキルアは問いに答えた。

「別になりたかった訳じゃないよ。ただなんとなく受けてみただけさ」

「……そうか、安心したよ。それなら心おきなく忠告できる。――――キル」

名を呼ばれて顔を上げたキルア。その瞬間イルミと目があった彼は、先程より更に大量の汗を吹き出した。いつもの生意気なキルアは嘘のようにどこかへと消えている。あるのは目の前の兄に対する怯え。

「お前はハンターに向かないよ。お前の天職は殺し屋なんだから」

静かに淡々と、しかし一歩ずつ確実にイルミはキルアの心へと踏み込んでくる。じわじわと侵食されるように、少しずつ増していく圧迫感。絡めとられた意識からは逃れられないことを、キルアはよく知っていた。

「お前は熱を持たない闇人形だ。自身は何も欲しがらず何も望まない、闇を糧に動く。お前が唯一歓びを抱くのは人の死に触れたとき」

「っ………違う!」

イルミの重圧に耐えながら言葉を吐き出したキルア。一言発するだけで体力と精神力を異常なほど浪費する。しかしやっとのことで言ったその台詞をあっさりとイルミは切り捨てた。

「違わない。なぜならお前はオレと親父にそう育てられた。そのことはお前が誰よりもよく分かってるはずだよね?そんなお前が何を求めてハンターになると?」

感情のない声がつらつらと言葉を並べていく。ルーシャは、一方的に続く会話に組んだ腕の中で拳を握りしめた。

「確かに…ハンターになりたいと思ってる訳じゃない。だけど…………オレにだって欲しいものくらいある」

「ないね」

「ある!今望んでることだってある!」

「ふーん。では言ってごらん、何が望みか?」

キルアは兄の声に戸惑う。言ってはいけない。言葉にすれば、何かが終わってしまいそうで。
そんな思いが頭をよぎり、彼の口をなかなか開かせようとしない。キルアの手は小刻みに震えていた。

「どうした? 本当は望みなんてないんだろ?」

「違う!ある!」

キルアは拳を握り、怯えながらも重い口を無理矢理開いた。


「―――ゴンと、友達になりたい。」

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