3/7 第一試合、405番ゴン対294番ハンゾー。戦い慣れたハンゾーと圧倒的に経験の少ないゴン。戦闘能力の差は明らかで、ハンゾーの勝利を予想する者がほとんどだった。 そしてその予想どおり、現在ゴンは地に伏していた。 「言わないか」 「絶対に言わない!!」 人間を殴る鈍い音が響いた。 試合が始まって随分たつ。ハンゾーによる一方的な拷問を続けられているにもかかわらず、頑として負けを宣言しないゴン。ゼェゼェと荒い呼吸が観戦している受験生にまで聞こえてきた。 「三時間だぜ。もう、血ヘドも出なくなってるぞ」 ポックルの言う通り、試合が始まっておよそ三時間。ひたすら殴られ、蹴られ、ゴンの体には無数の傷が刻まれる。しかし何度倒れても、ゴンは諦めることを知らないかのように立ち上がった。 観戦している人間も余りの痛々しさに目を背ける者が出てくる中、ハンゾーは顔色一つ変えずゴンを殴り続ける。 おもむろにレオリオが前に出た。顔には血管が僅かに浮かび、拳も固く握りしめられている。 「一対一の勝負に他者は入れません。仮にこの状況であなたが手を出せば失格になるのはゴン選手ですよ」 と、審判がレオリオの行動を制止する。その時、ゴンが声を発した。 「大丈夫だよレオリオ……」 震える足で、それでも真っ直ぐとした瞳の光を失わずゴンは立ち上がる。 「こん、なの全然平気さ……ま、だまだやれる」 そう言ったゴンはしかし、再び攻撃を受け床に倒れ伏した。 どれだけ殴り痛め付けても諦めの色さえ見せないゴンに、流石のハンゾーもしびれを切らす。未だ立とうと四肢に力を入れるその腕を掴み、ハンゾーはその場にいる全員に向けるように宣言した。 「腕を折る」 会場に緊張が走る。 「本気だぜ、言っちまえ!!」 「――――いやだ!!」 その一言で、軽くあっけない鈍い音が会場に響いた。 □□□□ ゴン……お前って奴は。 私は呆れて別室に運ばれていくゴンを見送った。 結局腕を折られようがあいつは負けを認めなかった。それどころか粘りに粘るその頑固さで、ハンゾーを根負けさせたのだ。 しかし自ら負けを認めたハンゾーにゴンのこの一言。 「そんなのずるい!!」 ハンゾーの解釈でいくと、“自ら負けを認められて勝っても嬉しくない。それなら二人が納得出来て、尚且つゴンが気持ち良く勝つことが出来る方法を考えよう”……らしい。 そりゃハンゾーもキレるだろ。 勢い良く吹っ飛ばされ気絶したゴンに思わずねーよ、と突っ込んでしまった。 でも、ゴンにしか出来ない勝ち方だったとは思う。圧倒的にハンゾーが優勢にも関わらず、いつの間にか試合を見ている全員がゴンを応援していた。周りを巻き込み味方にしてしまう“何か”。それが師匠の言っていた印象値……ハンターとしての素質ということなんだろうか。 三次試験でのゴンの笑顔を、そしてさっきの対決を思い出した。 「なるほどなー……」 「何に納得してんだよ!試合を見ろ試合を!!」 「あ?ああ、悪い」 第一試合は終了し、早くもクラピカ対ヒソカの第二試合が始まろうとしていた。 大丈夫か……大丈夫なのかクラピカ。物凄く心配だ、ヒソカの変態行為的な意味で。 「ヤバくなったらすぐ降参しろよ!」 「………どうかな」 クラピカも意外と頑固そうだからな……とりあえずヒソカが手加減してくれるのを祈るしかない。クラピカには悪いが、流石にヒソカ相手に実力勝負で勝つことは不可能だろう。 「あんまり無理はするなよ」 「ああ、勝ってくる」 いや、無理するなって言ったんだけど。しかし私の心中などつゆ知らず、クラピカは審判に名を呼ばれ前へと歩み出る。その足取りはしっかりとしていて、強者に対峙する怯えは一つもなかった。 「絶対降参する気ねェな、クラピカのやつ」 「大丈夫かよ、よりによって相手はヒソカだぜ?いくらクラピカでもヤバいだろ!」 「ああ、心配だ……凄く」 「そうだな……」 珍しくレオリオと意見が合った。 しかしクラピカ対ヒソカのこの試合、予想外にも勝利したのはクラピカだった。何故かヒソカが途中で負けを宣言したのだ。その際ヒソカは彼に何かを耳打ちした。内容は聞こえなかったが、クラピカは驚きに目を見開いた。 同時に、彼の瞳は緋色に。 (――――!!) 私は息を呑みその瞳を見つめた。 体が動かなかった。 直接見るのは実に数年ぶりだ。 いつみてもあの緋色は妖しく綺麗で、そして恐ろしい。 クラピカは思いもしないんだろう。 ハンター試験を受ける目的が、直ぐ目の前にいるだなんて。今はまだバレないだろうが、情報を集める内に彼ならきっと気づく。そうなれば――――。 ギリ、と歯を噛み締める。今更後悔したって遅いのはわかっているが、思わずにいられなかった。どうして私は彼らに、クラピカに近づいてしまったのだろうか。 そしてふと気づく。 さっきヒソカは何を耳打ちした? クラピカがあそこまで動揺するような内容だとすれば恐らくクモ関連。 まさか、あいつ。 二次試験後にヒソカに背中の刺青を見られたことが脳裏によぎった。 冷たいものが背中をぞわぞわと這い上がって来るような感覚がする。徐々に焦りとなったそれは頭の中で警鐘を鳴らし始めた。 「……い……おい!」 「……あ、」 「第三試合、ハンゾー対ルーシャ、前へ」 「お前、大丈夫かよ?」 休憩中もずっと反応ねェし……と顔を覗き込んでくるレオリオの声でやっと私は我に帰った。顔を上げると受験生の視線が此方に向いている。私は慌てて前へと出た。 気付かない内に随分考え込んでいたらしい。レオリオの隣を見ると、瞳の色が茶色に戻ったいつものクラピカがいた。こちらを見る眼差しもいつも通り落ち着いている。どうやら杞憂だったらしい。 しかしいつあの目が憎悪の視線に変わるか。 必ずやってくるその時を思い、小さく震えた。 「頑張れよ!ルーシャ!」 「ああ」 レオリオの言葉に軽く手を振り、私は試合開始位置についた。とりあえず今は試合だ、試合。胸に浮かんだ不安は一瞬で忘れ去る。頬を叩きぎゅっと気を引きしめ、私は目の前の試合相手を正面から見つめた。 [前] | [次] 戻る |