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「何だったんだよあれ……」

森の中を、ものすごいスピードで駆け抜ける影が一つ。不可解なものを見た時のように訝しげに声を発すると同時にその影―――ルーシャは足を止めた。必死で逃げてきたのと川に落ちたので、彼女の服は所々破れており、泥と葉にまみれている。

「あーあ酷いなコレ……」

コートの汚れをひとしきり手で叩いてからそう独りごち、彼女はヒソカに蹴られた左手の具合を確かめた。
幸い骨は折れておらず、脱臼で済んでいる。外れた関節を元に戻してから、ルーシャは頭に手をやり溜め息を吐いた。

「…………ん?」

手のひらの感触がいつもと違う。彼女はぺたぺたと何回か頭を触った。

(……ああああ!!!)

彼女がこのハンター試験中、肌身離さずかぶっていた帽子がなくなっている。濡れて重くなった金髪を触りながら、ルーシャは絶望的な表情になった。顔を隠す事が出来なくなった事でもう性別を偽ることが難しい、と言うより絶対に出来なくなってしまった。

「……あ、でも確か試験ってどうせあとは最終試験だけか」

元々男たちの中で浮かないようにするためにした変装だ、最終試験だけなら人数も恐らくだいぶ減っているだろうし、特に隠す必要はないかもしれない。それなら声色もわざわざ変えなくてもいい。
そう思い直しなんとか自分の気を落ち着かせたルーシャは、一息ついてから顔に張り付いた髪を払い、片手である程度水気を取った。

「しっかしえらく興奮してたなあいつ……」

落ち着いた所で、不意に先程のヒソカの顔が脳裏によぎる。完全に目が座ったあの顔は、見知らぬ者が見たらまず気絶しそうな威圧感と迫力に満ちていた。

「念が使えたら闘って見たかったかもな……」

そうぽつりと漏らしたのも一瞬、「さ、新しい寝床探すか」と直ぐに気を取り直し、安眠を求めて彼女は歩き出す。口元は愉しそうに弧を描いていた。



□□□□



翌日正午。

「…………」

ルーシャは鍛練時以外、昨日からずっと木の上から動いていない。水場も、食料となる木の実も近くにあり、ここを生活場所として選んだため、食事の為に歩き回る必要もなかったのだ。
しかも昨日たまたま受験生を見つけた彼女は、二日目にして6点分のプレートを集めきってしまった。ゆっくりしようとは言ったものの、やはり四日もの間、何もやることがないと暇で暇で仕方がない。
生憎電子機器類等は今師匠なる人物に取り上げられており、暇つぶしの道具さえない。

憂鬱な気分とは裏腹に、昼のゼビル島は爽やかだった。遠くで鳥のさえずる音が聞こえ、近くの川から微かに水が流れる音がする。冬の太陽の陽射しは暖かく、長閑な雰囲気がルーシャのいる場所全体を包み込んでいた。
そんな中彼女は脱力したまま、人の気配が全くしない自然の中で、

「あー……………暇」

随分脱力していた。退屈のあまり無我の境地に行き着きそうである。
そこまで暇なら昼寝でもすれば良いのにと思いたくなるところだが、実は彼女はついさっき起床したばかりだった。
しかも昨日あの後すぐに寝床を見つけたお陰と言うべきか、先程の睡眠時間を足して彼女はかなりの間寝ていたのだ。眠気など全くなくて当然である。
四日という果てしなく長い余暇時間をどう過ごすか。起きてから彼女はそればかりをかなり真剣になって考えていた。

「ん?」

そんなルーシャの目の端に、明らかに鳥ではない何かが飛んでくるのが映った。くるくると回る円形のそれは、弧を描いてこちらへ向かってくる。
ルーシャは急いで飛んできたものをタイミング良くキャッチした。硬い感触が手の平に伝わり、掴んだものを確認する。

「…………プレート?」

手の中に収まっていたのは197番のプレート。

(誰かが投げたのか?これって誰のだったっけなぁ………)

結局誰のプレートか思い出せなかったが、持っていて損はないだろう。ルーシャはそれを一応、と自分のコートの内ポケットにしまった。それから木に座り直して、

「何もしないと本当に暇だ……念も使えないし」

自分の小指に結ばれた紐をみて溜め息を吐く。「試験中は決して念を使わない、いや使えないように」と彼女の師匠がそう言って結んだ紐。どうあがいても自力ではとれないそれを見つめ続けても仕方がなく、

(着いてきてる試験官とでも遊ぶか?)

目を小指から離したルーシャは背後100メートル程後ろにいる試験官に意識を向けた。それに気づいたのか、近づく気はないとばかりに場所を移動した試験官。再び彼女は溜め息を吐いた。

「溜め息ばっかりついてると幸せ逃げるぜ」

そうしていると下から誰かが不意に話しかけてきた。気配は消しているものの、人が近づいて来ていたのを知っていた彼女は大して驚くことなく木の上からそちらを見下ろした。

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