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「はぁ…………やっと休憩できる……」

その溜め息と共にルーシャは目の前のテーブルに突っ伏した。
今は二次試験終了後。受験生一行は飛行船に乗って次の試験会場へと移動していた。
あの後、一人の受験生がスシの形をバラしてしまい、試験官であるメンチは一気に大量のスシを食べることとなった。
ブハラのように多飯食らいではない彼女が満腹になるのは早い。レシピが知れてしまった以上、試験合格は味のみでみなければならなかった。しかし料理を馬鹿にされたことで美食ハンターとしてのプライドが角を出したのか、厳しすぎる味の評価を下し続け、結局メンチは合格者0名を叩き出した。

「いやよ!結果は結果!やり直さないわよ!!」

そんな梃子でも動きそうになかった彼女が二次試験のやり直しを認めたのは、ハンター協会の最高責任者であるネテロ会長が試験会場に現れてからであった。
メンチは結局、料理を軽んじる受験生の発言で、自分が頭に血が昇って厳しすぎる評価をしてしまったと認めた。そして自ら審査員失格となり、試験を無効にすることを会長に求めた。

「審査員は続行してもらう。そのかわり、新しいテストには審査員の君にも実演という形で参加してもらう―――というのでいかがかな」

そのネテロの提案により二次試験は再び行われ、そして合格した42名は、次の会場に着くまで暫しの休息が与えられた。
言うまでもなく、ルーシャ達五人はすんなりと再試験に合格している。
今は各自自由時間となっており、ゴンとキルアは飛行船内の探検へ繰り出している。反対にクラピカとレオリオは疲れが溜まっていたらしく、待機室で睡眠をとっている。
そしてルーシャは特に何もすることがなく、ラウンジでお茶を飲みながら暇を持て余していた。

(厄介なのに目つけられた気がする……)

砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲みながら、彼女は心底面倒くさそうに溜め息を吐いた。
二次試験中ずっと彼――――ヒソカの視線はルーシャに向いていた。時折クックッ………と笑い声が聞こえてきてしまう自分の耳の良さを恨みながらなんとかここまでその視線に耐えてきたのである。
幸い今はヒソカの気配を感じないが、これから試験終了までこの状態が続くのでは……と最悪の想像をしてしまい、彼女はまた一つ溜め息を吐いた。

「シャワーでも浴びてくっか……」

ヒソカのあの気持ち悪いオーラが身体にまとわりついているような気がしたルーシャは、汗と共にそれを洗い流すため緩慢な動きでテーブルをたち、ふらふらとシャワールームへ向かった。



□□□□




「はーさっぱりさっぱり!!」

すっかり憑き物が落ちた様子で、牛乳瓶を片手にシャワー室から出てきたルーシャ。
タオルを首にかけ、彼女は広い脱衣場で下着姿のまま牛乳を飲み干していた。
体を流したことで随分さっぱりしたのか、二次試験終了直後より表情は晴れやかだ。先程の心配も洗い流してしまったようである。切り替えの早いルーシャであった。

が。

「風呂上がりにはやっぱ牛乳でしょー!んでもってフルーツ牛乳ならなおよし!」

「ボクはコーヒー牛乳の方が好きだな◇」

ゴトン。

牛乳瓶の落ちる重い音が脱衣場に響いた。



□□□□



「……!?何、この声!?」

コックピットを覗いたり、関係者以外立ち入り禁止の区域に足を運んだりしては怒られていたゴンとキルアの耳に、突如甲高い叫び声が聞こえた。

「この声……ルー姉!?」

「え?ルーシャの?」

キルアが思う限りでは、ここまで彼女が必死な叫び声を上げる相手など、一人しかいなかった。嫌な予感が当たらないことを祈りながら、ゴンにクラピカとレオリオを呼んでくるように頼んでからキルアは声の聞こえた方角――――シャワールームへ向かった。



□□□□



「うわあぁぁぁ……」

ルーシャはその場で動けずに立ち尽くす。既に覗かれたという怒りを通り越して彼女は呆れていた。

(てか堂々と入って来やがったコイツ!!!)

「シャワールームに入ってくのを偶然見つけてさ◆……それにしてもさすがにここまでボクを驚かせるなんてね」

「……何の話だよ」

「背中◇」

ヒソカはそれだけ言って言葉通り背中を指さした。ルーシャの体が僅かに強ばる。
今彼女は壁際にいるため背中は見えないが、そこに刻まれている――――4と描かれた“12本足の蜘蛛の刺青”。
ヒソカがそれを指していることは明らかであった。

「いつからだい?クモに入ったの……そして抜けたのも」

「…………なんで私がクモを抜けたと知ってるんだ」

「さあね◆」

会話を続けながらヒソカは一歩ずつ歩み寄ってきた。彼女もそれに合わせて一歩ずつ後退していく。物音ひとつしない静かな脱衣室に二人の視線が交錯する。

「とりあえず出てけ」

「イ・ヤ◇」

ビキ、と青筋の立つ音が自身の頭の中に響いた。だが、この状態で特攻をかけて万が一押さえ込まれたらそれこそ色んな意味で危ない。ヒソカの歩みはゆっくりと、しかし確実にルーシャに近づいてきていた。

「…………」

次の瞬間、ルーシャは籠の中の服をひっつかむ。ヒソカの手から逃れるべく背中に回り込もうとして――――叶わずに動きが封じられた。

「……っ!」

視界が暗くなり体を強い力で拘束されるのを感じると同時に聞こえてきた声。

「せっかくいい眺めなんだからもう少しみせておくれよ◆」

まさか。
頭の中に浮かんだ一つの可能性を叩きつけるように打ち消し、ゆっくりとルーシャは上を向く。至近距離にあるピエロのメイクが視界いっぱいに映った時、彼女の顔は一瞬で血の気の失せた色へと変わった。

「あ、あああ――――」

「怖いのかい?大丈夫だよ、何もしないさ◇」

何やら勘違いしているヒソカだが、その言葉はルーシャの耳に入らない。

「触るな………」

「?」

「私に触るな!!!」

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