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「お前よォ……そういう事情なら先に言えっての!」

「いやー悪い悪い!ついな」

「いきなり顔を近づけるレオリオにも非はある。寧ろ自業自得だ」

「んだとクラピカァ!!」

「だから言ったってのに、バレバレだって」

「うーん、オレたちルーシャより背が低いから、顔が見えちゃうもんね」

「今度はマスクでもするか」

「黒コートにマスクは怪しいから止めとけ、ルー姉」

先程とは一転してルーシャの周りは一気に騒がしくなった。何しろ知り合いが三人も増えたのだ、自然と会話も増える。特に背広の男、レオリオはよく喋った。実年齢が19だと言われた時は何かの間違いだと思わざるを得なかったが、確かに発言の端々にどこか子供っぽさが窺える。
対して民俗衣装の少女……改め、少年のクラピカは逆に物静かな性格のようで、お喋りが白熱し始めた辺りから足を早め、ルーシャたちから離れていった。

「あーあークラピカ行っちゃった。どーすんだお前ら?」

「知らねェよ!あんなやつほっとけほっとけ!」

「まだ怒ってんのかよ……ハゲるぜオッサン」

「オッサン言うなクソガキ!」

「あーもー止めなよ二人とも〜」

尚も終わらない会話に早くもルーシャは飽き始めていた。そもそもこんなにべらべらと大きな声で話していれば、周りの受験生の目は自然とこちらに向いてしまう。

「よし。三人とも、お先にー」

「え?あ、ルーシャ!」

ゴンの声に振り返りもせず、ルーシャはクラピカに続いて前へと進んだのだった。



□□□□


「よっ」

「君は……」

軽い挨拶をしてからルーシャはクラピカの隣に並ぶ。特に表情を変えるでもなくどうも、と返してきた彼のそっけない冷たさに、少しの寂しさを感じたルーシャ。しかし周りの汗臭い男たちと並んで走るより、少女のような容姿の涼しげな青年と並ぶ方が彼女にとってはよっぽどマシなのである。
それが伝わったのか、仏頂面だったクラピカの顔が僅かに歪んだ。というのも、初めて話したときに思いきり彼の性別を間違えてしまったので直ぐに想像がついたのだろうが。

「いいのか?アイツら放って一人で来ちゃって」

「構わない。別にいつも一緒にいなければならないという決まりがある訳ではないからな」

「まあそれはそうか」

「あんなふざけた奴に合わせていては私が試験に落ちかねない」

「本音そっちかよ」

悪びれもせずにああ、と頷くクラピカ。頭脳明晰、冷静沈着、そして慇懃無礼。それがルーシャが感じたクラピカの第一印象だった。

「そういえば、クラピカはどうしてハンターに?」

本当に何気なく、会話のきっかけにでもなればと投げ掛けた言葉。しかし数秒待って返事がない彼を覗き混めば、そこには憎しみに激しく歪む顔。
驚くルーシャに構わず、激情を押さえつけるような低い声でクラピカは呟いた。

「幻影旅団。……知っているか」

「っ……ああ」

「奴らを探している。同胞の敵を討つために」

「同胞……?」

「クルタ族という北方に住んでいた少数民族だ。奴らに滅ぼされ、生き残ったのはもう私だけだ」

「……………………あの、」

「だあぁぁあらっしゃぁあああああ!!!負けるわけには行かねーんだよおおおおお!!」

「うわっレオリオ!?」

重く沈んだ雰囲気に突如飛び込んできたレオリオの声に振り向く。その瞬間、ルーシャは即座にそこから飛び退き、クラピカの後ろに回った。極力視線を外すように走った彼女を見て勢いよくなんだテメェ!!と彼はヤジを飛ばしたが、様子をみていたクラピカが口を挟んだ。

「お前の格好がマズイんだろう」

クラピカの言葉に必死になって首を縦にふる。今のレオリオの格好は、どこをどうすればそんなことになるのか、上半身になにも身に付けていない状態だった。ルーシャには辛い光景である。

(クルタ族、緋の目……)

クラピカとレオリオの言葉の応酬を横目に、ルーシャは小さく首を振った。



□□□□



「ヌメーレ湿原、通称"詐欺師の塒"。二次試験会場へはここを通って行かねばなりません」

(ここは……)

目に飛び込んでくる地下道から開けた景色。一面に広がる湿った土と、遠くの景色が霞む程度の薄い霧が共存するその光景は、どこか現実離れしたような雰囲気を漂わせている。

最初より幾分か少なくなった受験生は、失った体力を回復させ息を整える。地下道からの出口はシャッターによって閉まり、あと少し、と手を伸ばしていた受験生を無慈悲にも暗い地下道へ置き去りにした。

「この湿原にしかいない珍奇な動物達。その多くが人間をもあざむいて食糧にしようとする、狡猾で貪欲な生き物で――――」

一次試験官であるサトツが湿原の説明をしていくが、

(ラッキー!!まさか良く知った道だなんてな!!)

その声を聞き流しルーシャは心中で喜びの声を上げた。
実は、彼女はヌメーレ湿原に何回も来たことがあり、だいたいの道を知っていた。この辺りでハンター試験の会場として使えそうな場所は一つだということも。恐らく二次試験はそこで行われるのだろう

「あぁ?だまされると分かっていてだまされるわけねェだろ」

「何がだレオリオ?」

「ルーシャ……話を聞いていたのか?」

クラピカは呆れ気味に溜め息をつく。彼の表情の意味も分からず首を傾げた所に、ひとつの声が受験生たちの耳に届いた。

「ウソだ!そいつはウソを吐いている!!」

「………ああ、」

そこでルーシャは二人の言葉の意味をようやく理解して、他の受験生たちの視線の先に顔を向けた。
声の発信源にいたのは、傷だらけで何かを引きずった一人の男。彼は身体の傷を意に介さず、大声を上げて受験生の注目を浴びた。

「そいつはニセ者だ!試験官じゃない!俺が本当の試験官だ!!」

「ニセ者!?どういうことだ?」

(って、レオリオ早速だまされてるし)

「これを見ろ!ヌメーレ湿原に生息する人面猿!」

ボロボロの自称試験官は自分の手に持っていたものを彼らに突きつける。引きずっていたのは人面猿だった。ぐったりとしている所から死んでいるように見える。
その人面猿の顔は一次試験官のサトツに瓜二つだった。
その言葉をまともに信じているのは一部の受験生だけだったが、少なからず彼の言葉は受験生たちに波紋を広げた。ざわめきだした彼らの視線は、自然と試験官のサトツに集まる。

「人面猿は新鮮な人肉を好む。しかし手足が細長く非常に力が弱い。そこで自ら人に扮し言葉巧みに人間を湿原に連れ込み、他の生き物と連携して獲物を生け捕りにするんだ!そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にする気だぞ!!」

一気にまくし立てて自称試験官は叫んだが、サトツは彼の言葉を否定する様子も見せない。そんな彼に受験生の表情に微かに疑いの色が差した時、

―――っ!?

肌に電流が走るような僅かな殺気。そして。

「――がっ!!」

男の顔面が奇妙なオブジェのように3つに割れた。

刹那の内に事切れた自称試験官は体をゆっくりと傾け、重い音をたてて仰向けに倒れた。赤い液体が湿った沼地に広がっていく。
よく見ると彼の顔を割っていたのは3枚のトランプだった。

一方男の隣にいた死体のはずの人面猿は、男が倒れ伏したのと同時に動き出し一目散に逃げようとする。しかし駆けていく人面猿の頭にトランプが命中し、猿はあっさりとその命を絶たれた。

静かになった湿原。
二匹の猿が動かなくなった後、受験生の視線は自然とその命を奪った者へと向いた。
そこには試験開始前に騒動を起こしていたあのピエロの男。

「これで決定◇こっちが本物だね」

彼は自称試験官の顔にトランプを投げるのと同時に、同じものをサトツへと放っていた。しかし彼の方は難なくそれをキャッチした。ピエロ男はその攻撃を止めるか止めないかで真偽を見極めるつもりだったらしい。

そのなんとも荒っぽい手段に受験生たちは恐怖に震える。サトツも「次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆とみなして即失格とします」と警告をしたが、ピエロ男は軽く笑うだけで受け流していた。

早く失格になってくれ、と思った受験生たちが一体何人いたのかルーシャにはわからなかったが、少なくともかなりの数はそう願っていただろう。実際うげえ、と声をあげる者が何人かいた。
会話の側では、既に息絶えた一人と一匹に、死肉を喰いにきた鳥たちが群がっていた。
それを眺めながらサトツは言う。

「私をニセ者扱いして受験者を混乱させ、何人か連れ去ろうとしたんでしょうな。こうした命がけのだまし合いが日夜おこなわれているわけです。何人かはだまされかけて私を疑ったんじゃありませんか?」

その言葉にクラピカとルーシャの視線は全く同じ所で止まった。

「………何だよ二人とも」

「別にー?」

「それではまいりましょうか。二次試験会場へ」

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