3/4

〜幻影旅団の場合〜

さかのぼること数年前。

誰もいないさびれた廃墟に、甘い匂いが漂っていた。毎年この時期にデパートなどで嗅ぐその匂いの元は、ルーシャの持つトレーから放たれている。しかしその甘い匂いとは反対に、渋い顔をした彼女はずかずかと大股で細い通路を歩いていた。

「あ、今年のチョコだ!もらっていい?」

「シャルはビターだったな、ん」

「うん、ありがとルーシャ」

「お前他にも女の子から沢山貰ってるくせにまだ欲しいのか?欲張りだな」

「いいじゃん別に。どうせ全員分作ってるんだろ?」

トレーには今シャルナークが手に取ったものを含め、11のカップケーキが並んでいた。味はミルクとビターに分けているらしいが、ビターの割合がやや多い。
舌打ちをしたルーシャは歩くスピードを早めた。しかしまるで甘い匂いに集まるように、脇から次々と団員が姿を表す。トレー上のカップケーキは一つ、また一つと減っていったが、真ん中に置かれた一際存在感を放つ大きな皿は、未だに蓋が開かれないままだった。

「さきから気になてたけど、何ねそれは?」

途中から何故か着いてきたフェイタンがそう訪ねる。後ろには先程からいたシャルナークとフィンクス、コルトピもいた。
フェイタンをちらと横目に、ルーシャは苛立たしげに呟く。

「約一週間前からさりげなーくケーキとかチョコとかの広告を私の部屋に置いていく甘党の奴のだ」

「団長か。また回りくどいことしやがる」

「何言てるねフィンクス、団長が回りくどいのはいつものことよ」

「それもそうだな」

「……はっきり言えば良いのに」

「そこはほら、団長だからさ」

その会話を聞き流しながら、ルーシャは廃墟の部屋という部屋を片っ端から見ていく。最後に普段団員が集まる大きな広間に到着した。広間にいたウボォーギンとノブナガが彼女を見て――――正確にはその手にあるカップケーキだが――――表情を明るくする。しかし当のルーシャはトレーを静かに置いてから、

「……どこ行きやがった団長の野郎はぁァァァァァ!!!!」

思いきり叫んだ。

「こんだけ催促しといて立派なもの作らせといてアイツは……」

「団長なら行きつけの書店に行ったぞ、珍しい古書が入荷したとかで」

広間に来たフランクリンの言葉を聞いて、マチにその大皿を渡そうとする彼女をなんとか周りは押し留める。ルーシャの機嫌はすこぶる悪かった。
事情を知るマチによると、彼女は何日も前からオリジナルのレシピを練るに練ってスイーツを作っていたらしい。

「端から見たら完全に本命だよな」

「ぼくから見ても本命にしか見えない」

「本命じゃないならアレは何ね」

「義理だ!!」

殺気全開で怒鳴ったルーシャに一同が静まり返った時。

「……お前ら、みんなして集まってどうした?」

最悪のタイミングで幻影旅団団長、クロロ=ルシルフルは帰ってきたのだった。

団員たちは一斉に視線をクロロへと向ける。その眼光に少々たじろいだ彼は、奥にいるルーシャとその側にある大皿に気がついた。

「それは、何だ?」

一瞬で状況を把握して小さく頷いたにも関わらず、わざとらしく首を傾げるクロロ。青筋が立つ音がしたルーシャは怒鳴り散らしたいのをおさえ、「バレンタイン用に作ったスイーツだ、団長に」と口元をひくつかせながら言った。

「オレにか?……では頂こう」

そう言って椅子に座ったクロロはずっと閉まっていた蓋を開ける。

「…ほう」

一言、感嘆の声を漏らす。中にはチョコタルトとカスタードプリンの二つが並んでいた。他のカップケーキと比べ明らかに料理としてのレベルが違う。
クロロに宛てたものが格段に気合いが入っているのは明らかだったが、仏頂面のルーシャは腕を組んで憎まれ口を叩いた。

「バレンタインだけに関わらずことあるごとにアレ作れコレ作れって言ってきやがって、いい加減にしろ」

「何を言う?それだけレパートリーも増えるだろう、喜ばしいことじゃないか。それに毎回楽しみなんだ、ルーシャの作るスイーツは」

「…………」

プリンを口に運ぶクロロの表情が緩む。美味い、と呟いた小さな声は、側にいたルーシャにも聞こえていて。
苛立たしげな様子だった彼女も、その言葉に僅かに目を細めた。

「何あの空気」

「気持ち悪っ」

クロロの緩んだ顔とルーシャの普段絶対に見せない優しい笑顔は、周りの団員にうすら寒いものを感じさせたのだった。



□□□□


〜女子三人組〜


「……わ!ちょっと、ちょっとルーシャ早く来て!」

「はいはい……あー、少し焦げちゃったな。でも大丈夫、これぐらいならいけるいける」

「ほ、本当に大丈夫なの?」

「だーいじょうぶ、マチの作ったやつなら団長も喜ぶって!」

「……そうかな」

「ああ!……パクの方はどうだ?出来たか?」

「ええ、すこし懲りすぎかしら」

「凄く愛情があるな…逆十字か(さっきから何を彫ってるのかと思えば……一瞬団長の顔かと思った)」

「そうかしら、あんまり精巧過ぎると返って引かれてしまうだろうし、このくらいにするわ」

「パク、良く見てるんだね団長のこと」

「そ、そんなことないわよ……」


女子同士のチョコ作り。

- 104 -
[] | []

戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -