3/3 「ぎゃああああああああぁぁぁ!!!」 突如地下道全体に響きわたったその悲鳴。長い待ち時間にうつらうつらと船を漕いでいたルーシャはその騒音で一気に目を覚ました。 ふと顔を上げると100人程だった受験生は4倍ほどにその人数を増やしており、ますます地下道はむさ苦しい空間と化している。 不快そうに顔を歪めてから、ルーシャは目覚まし時計の代わりとなったその悲鳴の発信源を視線だけで辿った。周りの受験生たちのほとんどがそちらに目を向けているため、騒ぎの中心は難なく見つけることができた。 「アーラ不思議、腕が消えちゃった◆タネも仕掛けもございません◇」 そこにいたのは二人の男。一人は膝をついて叫んでおり、この男から悲鳴は発せられていた。 男の視線は自分の腕に注がれている。その先にはぷっつりと切れた――――両腕。 「気をつけようね◇人にぶつかったら謝らなくちゃ◆」 「オ、オ、お、オレのぉお――――」 もう一人は顔に涙と星の化粧をしたピエロルックの、かなり異彩を放った出で立ちの男。 何故か楽しそうに薄ら笑いを浮かべている。恐らく隣の男の腕は彼の仕業だろう。 その現場は、ピエロの男によるわずかな殺気で緊迫した空気が流れていた。周りにいた人間は怯えるように彼から離れ、ピエロ男は半径数メートルほど周りと孤立している。 (うっわ、関わりたくねー。しかも念能力者だし) その並々ならぬオーラと奇抜すぎる格好を見てルーシャは視線を反らす。同時に胸の奥から沸き上がる高揚感。しかしそれより早く、背筋が冷えるような悪寒が身体中を駆け回り、一瞬の高ぶりは気味悪い寒気にかき消された。 奴は強い。 ルーシャは面倒くさがりを自称している割に、実は結構な戦闘好きであった。 強者と拳を交わす時の緊張と力のぶつかり合い、奮い立つ熱。そんなスリルのある戦いを好んでは、組手や模擬戦闘などをよく行ったものである。 そんな訳で戦いがいのありそうな強い人間はだいたい好意的に見ることが多い彼女であったが、そのピエロには好意的のこの字も感じられなかった。 ただ凄いだけではない、何処か肌がぞわり、と粟立つ寒気のようなものを彼のオーラから感じられるのだ。まるで目をつけたものは逃がさない、そんな粘ついた執着心のような―――― 「……ルー?大丈夫か?」 「あー……うん、大丈夫」 (純粋に戦ってみるだけなら楽しそうなんだけど……いや、あのネバネバオーラ放たれたらそれだけで気持ち悪くて逃げるな、絶対) 微かに震えそうになった体を押さえながら、ルーシャは目を伏せる。恐らくこと戦闘のみに関して言えば、彼程の天才的資質を持ち合わすものなど早々はいないだろう。だがそれだけに勿体ない、そうルーシャは思った。 □□□□ 「なんだ、ただ走るだけ?つまんねーの」 横から聞こえた声に口には出さないながらも同意をしつつ、ルーシャは前を走る受験生に続いた。 「私に着いてきて下さい」 試験開始のベルが鳴り響いた直後、そう言って歩き始めた一次試験官のサトツ。ぞろぞろと彼に続いた受験生たちは、暫くして歩く速度が早くなっていることに気がついた。 一次試験の内容は、サトツにひたすら着いていくという至極単純なものらしい。 だが、これは言うなればゴールの見えないマラソン。 ゴールが分からない不安の中走り続けるのは精神、肉体共に負担がかかる。いつ終わるか分からない為、体力の温存やペース配分といったことが全く計算出来ない。どれだけ自分のペースを保つかが、この試験で最も重要なことだろう。 しかしただ走り続けるだけというのも些か退屈なのか、つまらなそうにしている者は何人かいた。 言わずもがなルーシャとキルアはその内の二人である。 「お先ー」 「あ!」 単調な道に早くも飽きたのか、キルアは手に持っていたスケボーに乗り、ルーシャを残して前に進んで行く。 「ちょっと待てよ!」 走る速度をあげ、彼女はキルアの後を追った。 □□□□ とうとう来たよ、親父。 くじら島を出る時に見た育ての親、ミトさんの顔をふとオレは思い出した。 ハンターなんかにならないでと泣くミトさんに、分かったよと、ハンターは諦めると、オレはどうしても言えなかった。 ミトさんには謝りたい。ごめん、悲しませてごめんって、そう言いたい。 それでも、親父の目指すハンターはどんなものなのかーーーーそんな好奇心が、どうしてもオレを離してくれなかった。だからこそ、やっとたどり着けたこのハンター試験で、オレは合格したい。 「よし……頑張るぞ!!」 「やる気一杯だな、ゴン」 「うん!」 試験会場に行く途中で知り合ったクラピカにそう言われ、返事をする。 体力には自信あるんだ、そう言おうとした時。 「おいガキ汚ねぇぞ!そりゃ反則じゃねーかオイ!!」 すぐ横にいたレオリオが怒鳴り声をあげた。 黒いスーツ姿で走るレオリオも、クラピカと同じようにして知り合った仲間だ。 そのレオリオが怒鳴り付けた先にいたのは、オレと同じくらいの男の子。周りで走っているのは大きな男の人たちばっかりだったから、その子を見てちょっと驚いた。 見るとその子はスケボーに乗って楽々道を進んでいる。レオリオはそれが気に入らなかったみたいだ。 男の子はオレたちの方をちらりと見て、不思議そうに何で?と首を傾げた。 「何でっておまっ……こりゃ持久力のテストなんだぞ!!」 「違うよ、試験官はついてこいって言っただけだもんね」 「ゴン!てめ、どっちの味方だ!?」 クラピカも落ち着いた様子で「テストは原則として何でも持ち込みは自由なのだ」と言ったし、別にその男の子がズルをした訳じゃない。 レオリオはまだ何か不満そうにブツブツ呟いてたけど、走らないとダメだなんて別に誰も言ってないよ? 男の子は、さっきの怒鳴り声をたいして気にする風もなく、けろりとした顔でオレたちの隣でスケボーを蹴っていた。 気になってその子に目を向けていると、視線に気が付いたのかあっちから話しかけてきた。 「ねェ、君年いくつ?」 「もうすぐ12!」 「ふーん……(同い年…ね)オレも走ろっと」 そう言うと男の子はスケボーを蹴り上げ、綺麗にキャッチしてオレの隣に並んだ。 「かっこいー!」 「オレ、キ「キルア!」……」 「オレはゴン!よろしく、キルア!…………って、あれ?」 「ルーね、……ルー!オレの声遮んなよ!」 「あ?あー悪い悪い。お話中?」 「別に。ちょっと声かけただけ」 後ろから来たのは、男の子……キルアの知り合いみたいだ。オレはキルアと言葉を交わす全身真っ黒なお姉さんに視線を移した。 [前] | [次] 戻る |