6/6 「久しぶりだな、ルーシャ」 「………………」 三年ぶりに会ったクロロは、最後に見たときと変わらない暗い目をしていた。黒い瞳孔、光のない淀んだ瞳。 それでも、以前とは違う。 私と彼らの関係も、今の私の立場も。 「元気だったか?」 「………………」 「まあそう睨むな。お前が元気なら、それでいいんだ」 「……何が、」 “元気なら”だ? 「今更なんだってんだよ……」 口を突いて出たのは、そんな情けない言葉だった。 クロロにじゃない、これは自分に向けたもの。 今更こいつに会いたかっただなんて、そんなこと絶対に言えるはずもないのに。言っては、思ってはいけないのに。 それでも、クロロを前にした私は思ってしまった。 ああ、変わらないようでよかった、と。 昔の旧友のように、親しかった家族のように。 そんな自分に吐き気がした。 「死んだと思っていた仲間が生きてたんだ、嬉しくもなるだろう?」 「……何、言ってんだよ」 つかつかとクロロに歩みより、その胸ぐらを掴む。至近距離に迫った奴の顔は驚くほど穏やかだった。その黒い瞳以外は。 独占欲、傲慢、身の内の醜いもの全てを押し込め、表面だけを美しい宝石で固めたような薄っぺらく輝くその瞳を、かつての私は愛しく思っていた。 自分と同じだと。 「御託はいい……クロロ。お前が私を呼んだ理由だけ教えろ。それさえ聞ければもう用はない」 「理由?」 は、と口を歪めるクロロ。 「……?」 団長としての彼にある威厳が崩れ去っていくような気がした。肩を震わせて笑うクロロは、何処にでもいるような優しい青年の顔をしている。 「な、んだよ……」 「そんな大層なものはないさ。オレはただ、お前と話がしたかっただけだ」 「……嘘を、」 「嘘じゃない。」 「…………!」 きっぱりと、しかし柔らかい口調で彼は言った。 決して気圧された訳ではない。そんな迫力は今の彼には全くなかった。しかし、気がつけば胸ぐらを掴んでいた私の手は離れていて、一歩、もう一歩と足は後ずさっていく。 彼は、私の大切な人たちを殺した人間であり、かつての仲間だ。そして私は、彼らにとって同じく昔の仲間であり、裏切り者。 そんな関係でありながらこいつは笑った。 それが怖かった。 クロロが怖いんじゃない―――その笑顔に、心安らぐ自分がいることにだ。 微笑んだクロロの表情が、とても優しくて。 「っ……私は、クモにもう一度入る気はないからな」 「何を言っている?此方もそんなつもりはないが?」 「……は?」 声を上げたのは私だけではなかった。団員たちも呆気に取られた表情を隠せずにいた。広間に不自然な沈黙が降りる。 その沈黙をもたらした当の本人は不思議そうに周りを見渡し、首を傾げた。 「なんだ、お前らみんなそのつもりだったのか?」 「いや、探し出して連れてこいだなんて言われたからそうだとばかり……」 違ったのか?とノブナガ。 「オレはそんなこと言った覚えはないぞ」 「じ、じゃあなんで私を連れてきたんだよ」 「だから最初から言っているだろう?お前と話がしたいと」 「本当にそれだけか……?」 「何回言わせる気だ」 「…………」 相変わらずこいつの考えることは分からない。ていうか、私はそのためだけにわざわざ気絶させられてここまで運ばれた訳か。じろりとノブナガを睨むと気まずそうに苦笑いしながらアイツは頭を掻いた。 「とにかくどうなんだ、最近」 「はあ……」 □□□□ その後の話といえば、友達はいるかだの周りの人間を虐めてないかだの至極どうでもいい会話ばかりだった。ありふれた世間話とさして変わらない話題を振ってくる奴に合わせながら、私は気づけば少しずつ和やかな気持ちになっていった。 わざとなのか、クロロは私の今の所在は聞かなかった。普通なら一番初めに尋ねておくところだ。それを追求しなかったのは、本当に奴に私を連れ戻す気がないのか、他愛ない話の間に上手く誘導尋問していく気か。 なんでもないような会話の中でも気は抜けない。 「……なるほど、その話だと男嫌いの念は解けたんだな?」 「あ、ああ」 だけど、何故かクロロは私の男嫌いに関してはやけに突っ込んだ質問をしてきた。まあ教えてもこちらにデメリットはないし、今更どうでもいいので正直に概要を話す。それになんの意味があるのかよく分からないが。 「誰だ?」 「は?」 「お前のソレを解いたのは誰だ?」 え、それわざわざ言う意味あるか? 恐らく眉間に皺を寄せていただろう私に向かって、至って真面目な顔でクロロは尚も続けた。 「その男とお前は付き合っているんだろう?」 「うん?」 ……うん? 「ちょっと何言ってるのか分からないです」 「なんだその敬語。それでは質問を変えよう。彼氏は出来たか?」 「は、」 いやなんなんだこいつは。 いきなり訳の分からないことを尋ねてきたクロロは、私の答えも待たないまま、そうなんだな!とやけに力の籠った声で確信をもったように言った。 「いや、誰もそんなこと言ってないだろ!」 「ではどうなんだ、出来たのか出来てないのか!」 「……………………出来た」 「はあああぁぁぁぁぁぁ!!?」 私がそう言った瞬間、合唱のごとく息の合った叫び声が上がった。 たった13人しかいない瓦礫だらけの広間は、にわかに騒がしくなる。突き刺さる視線がかなり痛い。その全てが、人類史上初めて発見された珍獣を見るような目だったことに、若干……いやかなりの苛立ちを覚えた。 「嘘、いやいやいや有り得ねーって!!だってルーシャだぜ!?ルーシャ!!もう一度言う、ルーシャだぜ!?」 「しつこいよフィンクス!確かにあたしも信じられないけど、ルーシャだって女の子なんだ、恋だってするさ……例えあのルーシャでも」 「恋は人を変えるってヤツ?」 「恋!こい!ぶっはははは!!ルーシャが!?コイ!あははは!アレだろ、鯉の方だろ!?」 「とうとう親父ギャグとはノブナガも年取たね」 「本当に止めてください」 「……シズク、あんまり真顔で言うとノブナガが泣くぞ」 「っ、ネタとしては、……傑作だね、ぶっ!!はははは!!も、っ……最高……ひっ、げふ!」 「笑いすぎだシャル!!」 苦しそうに腹を抱えているシャルナークに一番イラついたので思いっきり拳を落としておいた。いや、もう全員殴りたい。みんながみんな失礼なことしか言っていない。笑ってないのパクノダとクロロくらい……、いや、よく見たらパクも肩が震えていた。 「…………」 対して何故かクロロは両手を組んで神妙な面持ちをしている。しばらく虚空を見つめていた目は、唐突にぎろりとこちらを睨み付けた。 「誰だ」 「……あ?」 「誰だと聞いている。興味があるな、その男に。いくら見た目が整っているとはいえ、血の気が多くてがさつでおおよそ女らしい色気や可愛らしさなど持ち合わせていない増して男嫌いのルーシャを選ぶような物好きを。そもそもお前は何故その男を選んだ?今まで嫌いだったモノをそう簡単に易々と受け入れられるものなのかそれともそこまで立派な男なのか。直接この目で確かめたいな何処にいるんだそいつは」 「………………」 ほぼ息継ぎなしで言葉を並べ立てたクロロのオーラはおどろおどろしく蠢いていた。確実に邪悪な何かを発している。ていうか、殺気……? 「何処にいるルーシャ、その男は」 「あー…………」 そこにいますが。ちょうど私の後ろに。 「◇」 と言える訳もなく。 さあ知らねー、と曖昧に答えてみるが、真正面から睨み付けてくるクロロの眼光が真剣に怖い。何がこいつをここまで怒らせるんだと考えたが私が思考を働かせるまでもなく奴の目が言っていた。“オレは認めん”と。 (親父だ……どっかの頑固親父だ……) 「とにかく、―――!」 と、唐突に言葉を詰まらせたクロロ。 その理由はすぐに分かった。 アジトの空気が微かに揺らぐ。誰かがこの建物に入ってきたのは旅団の全員が感じ取っていて、ついさっきまで笑い転げていた奴らも、途端にしんと押し黙った。 「……すまん。この話は後だ」 「ああ。誰だ?今こっちに向かってるやつ」 「オレが呼んだ」 クロロはそう呟いて、自身の念能力である“盗賊の極意”の本を右手に取り出した。侵入者は恐らく盗賊業に関係がある人物なんだろうと思ったのだが、クロロの視線は何故か私に向かっている。 「しばらく隠れていろ。最大限気配を消しておけ。奴に気づかれないように」 「は?なんで―――っ!?」 その瞬間、目の前の景色が一変した。 前に座っていたクロロが視界からかき消え、次に私の目に見えたのは、先程の広間を上から眺む俯瞰風景だった。 (何だ……?瞬間移動……クロロの能力?) そこまではすぐに分かった。しかし何故? 私に会わせるとまずい奴なのか。でもそれならもっと離れた所に飛ばすだろうし。 思考に沈みながらも、私は大人しく絶で気配を絶った。 「―――どうもこんばんは。久しぶり、クロロ」 聞き覚えのない声が下から聞こえる。柔らかい声色のその来訪者は、足音もなく私の視界に表れた。声からすると男、!! 「あ、……!」 「今日はかなり多いから頼んだぞ、ノエル」 「りょーかい」 視界に現れたそいつは、私と同じ髪色、そしてよく似た相貌。 柔らかい笑みを浮かべる奴の顔が見え、思わず口をついて言葉が溢れた。 「兄貴……」 [前] | [次] 戻る |