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幻影旅団、現アジト。

がらんとした広間の端に座る二つの影は、無言で旅団員たちの帰りを待っていた。
方やさぞご機嫌といった様子でにっこり笑っているヒソカ。方や仏頂面で、かといって嫌がる訳でもなく渋々といった様子で隣の手をとっているルーシャ。
仲良く手を繋ぎ並んでいるその光景は、よくある恋人同士の日常の一コマである。ただし、今現在のこの状況と場所でなければ。

「早く帰ってこいあいつら……」

「言っておくけど、団員のみんなが帰ってきてもこのままだからね◇」

「ははは嘘言うなよー」

そもそも団員たちにもルーシャは男嫌いで通っているのだ、そんなことできるはずがない。
そう考え乾いた笑い声を発しながら、ルーシャは自分の手を掴んでいる一回り大きな手を振り払う。しかしそれが離れたのも束の間、再びヒソカは指をしっかり絡めてまで彼女の手を捕まえた。

「…………」

「◇」

はあ、と力なくため息を吐くルーシャ。どうやら諦めたらしい。絡めた指をそのままに、彼女は目を伏せた。
二人が口を閉じた為、大きな広間は沈黙に包まれる。剥き出しのコンクリートや瓦礫のひんやりした冷たさがその場を支配したが、物音一つ立たない空気は決して不快なものではなかった。隣同士に座っているにも関わらず重ならない視線とは裏腹に、繋がれた手は暖かい。

そういえばさあ、とおもむろにルーシャは呟いた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだい?」

「“鎖野郎”って、誰だ?」

先程とは違う沈黙が二人の間に流れた。
視線を隣へと寄越したヒソカとは反対に、ルーシャはそっぽを向いている。
後ろからの視線を感じながらもそちらを振り向くことはせず、知ってる奴か?と彼女は直も追求を続けた。

あのウボォーを倒した人物。
A級賞金首である幻影旅団に所属する彼を殺した実力者。ルーシャには一人、思い当たる人物がいた。まさかそんなはずがない、そう心の中で否定し続けてきたが、このタイミング、ヨークシン、マフィア。揃う要素が多すぎる。

「薄々分かってるんだろう?恐らくキミが考えてる通りさ◆」

「…………」

クラピカ。

クモを憎み、クモに復讐することだけを誓ってハンターを志した彼。
迷いのないあの暗い瞳を思い出し、ルーシャは静かに目を閉じた。

「確か組んでたんだっけか。あいつと」

「うん、その方が団長と二人っきりになれるチャンスが増えると思ってさ◆もう少し彼がうまくやってくれれば団長と戦えそうなんだけど……◇」

「……そ」

「怒らないのかい?」

「は?」

思いがけない言葉に、ルーシャはヒソカへと向き直る。視界に入った彼の目はどこか不服そうな表情で。ヒソカが他人の感情をわざわざ気にするだなんて珍しい……そう訝しげに眉を寄せたルーシャの疑問に答える形で、続け様に彼は口を開いた。

「普通嫌がるだろう?ルーシャは彼を旅団に近づけたくない◇でもボクは彼と組んで、積極的に旅団と関わっていけるようにしてる◆それを咎めようとはしないのかい?」

「…………。逆に、私が嫌がることわかっててそれを口にするのはどうしてなのか、そっちを先に知りたいな」

「だってさっきからクロロとクラピカのことばっかり……◇」

「…………」

ああ、なんだ。

(ただ妬いてただけか)

不満そうな顔をしていた原因が思った以上に単純なものだったことに、ルーシャは呆気にとられる。それを頭の中で反芻したと同時に胸の内から込み上げてきたのは、少しの嘲笑と優越感。

「……っくく」

わざわざ怒らせるような発言をしてまで自分に目を向けさせようだなんて、彼らしいと言えば彼らしい。
確かにクラピカと旅団を引き合わせる仲立ちをしたのはヒソカだ。しかし、それを咎めたところでどうにもならないのは知っていたし、クラピカも同意の上で手を組んでいるのだ、自分がどうこう言う権利はない。
まあ、クラピカと旅団が鉢合わせることを阻止しようとしていたルーシャの行動とは少し矛盾してくるのだが、そもそもこの問題は誰かに頼ることではない。勝手に自分が動いているだけのことだと彼女は思っていたし、口出しする気もなかった。

力の抜けた笑みを浮かべるルーシャの感情を掴みきれないのか、ヒソカの表情はやや苛立たしげなものへと変わる。

「何笑ってるんだい◆」

「お前の拗ねた顔が面白いから」

「へえ?」

そう言いつつもヒソカの機嫌の悪さは変わらない。珍しい膨れっ面を見て、ますます面白い、とルーシャは笑みを深くした。普段へらへらと掴めない表情で周りを惑わす彼の、本当の顔をほんの少し垣間見れたような気がしたのだ。気分がいいのと同時に、ルーシャはどこか嬉しさを感じていた。

嘘だらけのヒソカの、一瞬の表情。
人にはあまり見せない感情的な一面。

(私も、相当こいつに傾倒してるみたいだな……)

「言ってくれるねえ◇」

しかし、ルーシャの心中など知らないヒソカの方は納得がいかないそうで、意味ありげな台詞と共に彼はにやりと口角を上げた。なにか企んでいることを感じ取ったルーシャはぎくりと冷や汗を浮かべる。

「!?」

瞬間、繋がれた手を思いきり引っ張られ、ルーシャの身体は勢いよくヒソカの胸板へと飛び込んだ。
いきなり真っ暗になった視界と暖かい腕の感触。しかし唐突だったためかぎゃあ!と反射的に叫んだ彼女は離れようと必死にもがいた。

「色気ないねえ◆」

「う、うるせえ!とにかく離せ!」

せせら笑うヒソカの下での抵抗も虚しく、強靭な彼の両腕はルーシャの細い身体をいとも容易く押さえつけた。こうなってしまえば自力で離れるのは不可能だ。
当分離す気がないことを悟った彼女は、無駄なあがきを止めて大人しくその胸に身体を預けようとした。
いつもならそれで済んだのだが、どうやら今のヒソカは特別虫の居所が悪いらしい。

(っ……!こ、こいつ―――!!)

するりと腰を撫でる大きな手の感触に気づき、寒気を覚えたルーシャ。慌てて諦めかけていた抵抗を再会させる。

「ちょ、ちちょっと待てまてまて!!」

「何がだい?」

「おまっ分かっといて……とにかくその手を止めろ!!」

「お前ら何やってんだ?」

「の、ノブナガ!!」

幸か不幸か、第三者の乱入によって生まれた隙にルーシャはヒソカを思いきり突き飛ばし離れることに成功した。彼の方は悔しげに小さく舌打ちをしたが、ルーシャの耳には届かなかったようだ。

「もう◆せっかくいいところだったのに、邪魔しないでおくれよ◇」

先ほどの表情はどこへやら、いつも通りの食えない笑みで肩を竦めるヒソカ。そして必要以上にその彼から距離を取るルーシャ。何があったのかなんとなく察したノブナガは哀れみの目を彼女へと向けた。

「ルーシャ……無事か……?」

「ああ、なな、なんとか」

「やっぱ二人きりはまずかったか」

「な、なんだよこいつ……ほんと気持ち悪いんだけど!!」

わなわなと震えつつ、襲われかけた体をうまく装ったルーシャは(実際あまり変わらないが)そう叫ぶようにいい放った。言われた当の本人はじとりと彼女を睨み付けたが。

(ボクのことを笑うキミが悪いんじゃないか◇)

(たったそんだけでキレるなよ短気だな!!)

無言の会話を目線だけで交わした二人は、その後気を取り直してノブナガへと向き直る。ただし依然として二人の距離は離れていた。

「そういえば、あのガキどもはどうしたんだ?見張ってたんじゃないのか?」

ノブナガが言い出したことを思い出し、ルーシャはそう尋ねた。ゴンたちを旅団に入れるなんて馬鹿らしいことを、と思いつつその時は口出しをしなかったのだが、ここに彼がいると言うことは、つまり。

「……逃げられた」

「………………ふ」

「?」

「あはははは!!なっさけねぇー!!たかが子供二人にその様かよ!」

「うるせえ切られてェのかボケが!!」

「ガキ二人を切れねえナマクラに私が切られるかよバーカ!」

「この野郎、誰がお前の剣術指南してやったと思ってんだこのタコ!!」

「あー?たった数年で追い越された弱っちいお師匠様がよく言うぜー!」

「ああ!!?表ェ出ろゴラァ!!お強くなった弟子の実力見せてもらおうじゃねーか!!」

「言ったな!?知らねーぞーお前死ぬぞーあーあーあー」

「うぜえ!!」

「ちょっといいかな?」

「あ?」「なんだコラ!?」

「団長たち、帰ってきたみたいだけど◇」

「…………」「…………」

一気にしん、と静まった広間。遠くから感じる微かな人の気配に、二人はゆっくりと抜刀しかけていた手を止めたのであった。

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