2/6

次の瞬間、キルアは踵を返し建物の出入口へと走る。
だがその先には、行く手を阻むようにして立つ見知らぬ男がいた。
ジャージを着た人相の悪い男だったが、纏う気迫とこのタイミングで現れたところから、奴等の仲間だということは考えずとも分かった。
双方の視線が交錯する時間も与えず、キルアは男の目を眩ませるため部屋中を飛び回る。幾重にも重なるその影を男はあっさりと見切った。

片足を掴まれ、一瞬鈍る動き。それに怯まず負けじと石つぶてをばらまき相手の目を眩ますキルア。その隙に自由なもう片方の足を男の顔に叩き込むも、易々と蹴りは止められた。

両足が掴まれ、動きが完全に止まる。
攻撃が失敗に終わったと理解したと同時に、キルアは次の手を打った。
床に強く指を食い込ませ自分の持てる力を全て両腕に集中させる。そこを軸として、掴まれた足を力任せに振り回した。
拘束が外れると同時に走った僅かな痛み。
足首にはあまりに強い力で掴まれたため、痛々しい傷跡がついていた。千切れた皮膚の隙間から血が流れ出すが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

ここから、早く脱出しなければ。

「よぉーーォフィンクス」

たった数秒。
しかしその短い時間でキルアを追い詰めるのは充分だったらしい。背後から聞こえた声に僅かに振り向くと、先程まで一階にいた旅団の男が窓から入ってきているのが見えた。
その背中には、ルーシャ。

「何でオメェがここにいる?」

「敵を騙すにはまず味方から、だそうだ」

(やられた!!)

奴等を追っていて気付かなかった。自分たちを更に後ろから尾行していたもう一人の存在に。口ぶりからして長髪の男の方には知らされていなかったらしい。

これから、どうする。

旅団員二人に挟まれ、もう逃げる余地はない。うまくこの場を切り抜ける方法は……。
そんな風に限界まで思考を働かせようとしたキルアの耳に、ある単語が聞こえてきた。

「あ?おいノブナガ、そいつぁ……」

「ああ、ルーシャだ」

「マジでいたのかよ」

「……ああ」

短い会話の中で奴等の空気が変わったのを感じた。
敵を見るような視線ではない。しかし反対に好意的な、仲間に向けるような視線でもない。苦虫を噛み潰したような複雑な表情に、キルアはますます奴等とルーシャの関係が分からなくなっていった。

(なんだ……なんなんだよ)

「さて…ニイちゃん、」

そんな彼の心中には構わず、重い気を放ちながら、ノブナガと呼ばれた男は宣告した。

「いくつか聞きてェことがあるんだが」



□□□□



「おら、入れ」

「キルア……」

「……とりあえず、今はこのまま従うんだ」

奴等のものらしい車に押し込められた二人はそれだけ言葉を交わした。今すぐに殺される訳ではないらしい。それならば、大人しくいう通りにしてから逃げ出す隙を窺う方がよっぽどいいはず。

(それに……)

と、キルアは後ろの荷台に横たわる彼女にちらりと視線を向けた。
意識を失っているルーシャは半ば押し込められた状態でそこにいた。身体には何重にも糸が巻き付けられ拘束されている。

(ルー姉を置いていく訳にもいかない)

「……おい」

そんなキルアの視線に気づいたのか、後ろの彼女を見たゴンは、前の運転席に乗り込んだ旅団員にそう言葉を投げ掛けた。

「この人は何なんだ?お前たちの仲間、か?」

「……」

車内に沈黙が流れる。

ゆっくりと振り向いた男、ノブナガの目は微かに細められていた。

「んなもんお前らに話して何になる?」

「とりあえず黙って大人しくしてるこった」

話してくれる気はないようだ。左に座る男の殺気に、ゴンは仕方なく黙りこんだ。

途中に“鎖野郎”なる人物のことをいくつか質問されながら、二人と後ろのルーシャは何処かへと運ばれていく。
しばらく走ったところで、車は先程と同じくらいに人気のない廃墟の前で止まった。その内の一つの建物に招かれた二人。アジトへようこそ、と女の旅団員が言うと同時に、広間への扉が開けられた。

「!!」

そこには恐らく残りの旅団のメンバーであろう人間が集まっていた。瓦礫の上からこちらに視線を寄越してくる旅団員は、今一緒に入ってきた奴等を除いて七人。

(……!)

一人見知った顔を見つけたキルアは、あえてその人物を知らないふりをした。
元々クラピカに情報提供を持ちかけてきたほどなのだ、勘づいてはいたが……。
ごく普通に見えるよう視線を巡らせてから目を反らしたキルアだったが、

「あっ」

隣から発せられた間抜けなその声に思わず突っ込みそうになった。
場違いな声を出したゴンの視線は、先程キルアがみた人物―――ヒソカに向かっていた。
わざわざ無視したというのに、考えなしに口を開いてしまうなど今の状況では馬鹿としか言いようがない。
怪しんだ団員に“腕相撲した女がいたから”となんとか誤魔化したものの、もし本当に一人も顔見知りがいなければどうしようもなかった。一瞬だけ隣のゴンを睨みつけたくなったが、旅団の前で下手にアイコンタクトなど取れるわけもないため、仕方なく諦めた。
ほっとキルアが胸を撫で下ろしたのも束の間、腕相撲でゴンが勝ったことを聞いたノブナガは、ふと思い付いたように軽い調子でゴンに言った。

「よし、オレと勝負だ」

- 95 -
[] | []

戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -