1/6 「今ターゲットが広場を抜けて小道に入る」 『オーケイ、確認』 旅団の二人と、そしてルーシャ。 決して彼らの視界に入らないように後ろ姿を観察しつつ、キルアとゴンは旅団の尾行を開始した。 担がれているルーシャは恐らく気を失っているのだろう、男の背中に体を預けて動かない。 焦る気持ちを抑え、キルアは静かに息を吐いた。背中に冷たい汗が流れるのがわかる。それは緊張からくるものか、それとも。 『なんで……なんでルーシャが捕まえられてるのさ!!』 『訳わかんねェぞオイ!!まさかアイツ、旅団と顔見知りだったのか!?』 『うるさい』 『キルア……!』 『落ち着け。動揺が向こうにバレるだろ』 「そうだ……落ち着け。落ち着くんだ……」 先程から何十と繰り返したその言葉を、キルアは再び呪文のように唱える。 ルーシャがなぜ旅団に捕らえられたのか。知り合いなのか。旅団とどういう関係なのか。 分からないことは山ほどあるが、今はとにかく追いかけるしかない。 状況が変わったため―――初めからそのつもりだったが―――結局キルアたちは旅団の尾行をせざるを得ないこととなった。 しかし、今最優先すべきはルーシャ。旅団のアジトを突き止めるよりそちらが先だ。出来ることなら彼女を救出したのち、アジトを発見したいものだが、それが出来るほどキルアもゴンも心の余裕はない。 「落ち着け……大丈夫だ」 もう一度だけ呟いて手にしている携帯を握りしめる。みしり、と聞こえたその音は自分の心臓が軋む音なのではないか……そう錯覚出来るほど、キルアは切羽詰まっていた。 そんな中でも気を緩めるようなことは許されない。奴等を見失ってしまえば終わりなのだ。こちらの心境を読まれないよう、キルアは静かに旅団の二人を観察した。 (大丈夫、バレちゃいない…!) もし自分たちの位置が気付かれたとしたら、ほんの僅かでも相手の行動に変化が生じるはず。小さい頃からの度重なる訓練で鍛えられたキルアの観察力は並ではない。その経験を元に引き続き奴等を注意深く監視する。 今のところ、変化はない。 一瞬も目を離すことが許されない緊迫感の中、キルアは静かに旅団の後ろ姿を追った。 標的はひたすら歩き続ける。人通りの多い広場から離れ、周りの景色はどんどん寂れた雰囲気に変わっていった。同時に最初は賑やかだった広い道も、徐々に人気のない小道へと変化してゆく。 人々の雑踏の中に紛れていた微かな息づかいが、キルアたちと標的のもののみとなった頃、視界の中にいる二人はぴたりと歩みを止めた。 ひとっ子一人いない廃墟の真ん中で誰かを待っているような様子を見せる二人。 男の方に担がれているルーシャは、未だにぴくりとも動かない。 「――――に――ね」 「―さ――ない――――」 しばらくそこで奴等は言葉を交わす。依然として視線を離さぬように気を付けながら、キルアはゴンに連絡をとった。 『どう?キルア』 「待ち合わせか…オレ達を誘ってるかどっちかだな」 どちらにしても今動くのは得策ではない。暫く様子を見よう、そうゴンに伝えた直後。 甲高い着信音が、キルア達の耳に届いた。 「一度切るぞ。注意して見てろ!奴等の顔やしぐさに少しでも違和感感じたらすぐ逃げるぞ」 『えっ!でも……ルーシャは、』 「オレ達まで捕まったら元も子もないだろ!とにかくオレが携帯鳴らしたらソッコー脱出だ。いいな!」 早口でそれだけ伝えて、キルアは力任せに電話を切った。 彼も、ここでルーシャを置いて逃げるなどということはしたくはない。自分たちが今奴等を見失えば、ルーシャとはしばらく音信不通になってしまうだろう。 旅団とルーシャがどういう関係なのかは知らない。だがもしも、自分たちよりよっぽど近い距離で敵対している関係だとしたら。 今はまだ意識を失っているだけだとしても、いつ殺されてもおかしくない状態だとしたら。 その可能性が頭を霞めて急き立てる一方で、酷く冷静になっている自分がいることを、キルアは自覚していた。 まずは自分たちが助からなければ、ルーシャを助けるなんてことは不可能だ。だから気付かれたらとりあえず一旦退いて―――。 (クソッ!!) その二つの感情で板挟みになっている意識を無理矢理閉ざし、キルアは意識を集中させた。携帯を耳にあてて話す旅団の男、ただその一点だけを。 二言三言、男は電話の相手と言葉を交わす。内容は流石にここまで聞こえてはこない。 しかし、 『それじゃいい情報教えようか?』 「?どーゆーことだ?」 たった一瞬。 音もなく、静かにキルアと男の視線が重なった。 [前] | [次] 戻る |