2/6 ヨークシンの夜は明るい。 数多くの街灯や行き交う人々は、昼間とはまた違った雰囲気を見る者に与える。眠らない夜、といった言葉がよく似合う賑やかな大通りに面した、とあるビルの周辺。そこでは、何とも言い難い鋭い空気が感じられた。 普通の人間は気づかない程度の微かなものではあったが、分かる者には分かる、張りつめた冷たい視線の数々が行き交っている。 その視線を掻い潜り暗がりに身を隠していたルーシャは、続々と開場入りする黒服達を横目に座り込んでいた腰を上げた。因みにあの黒いコートは怪しまれるとようやく気づいたため、カツラ以外は服装を変えている。それでも黒いTシャツに白いパンツと、色彩は相変わらずモノクロ調ではあるが。 そろそろ地下競売が始まる。 奴らが既に中に入り込んでいるなら、恐らくもう少しで――― と、突如黒塗りの車が何台もエントランスの前に猛スピードでやってきた。 「始まったか……」 周りの雰囲気に溶け込む険しい表情をしたルーシャは、続々とやってくるマフィアの人間に気づかれないように一層気配を薄くしてしばらく待った。苛ついた様子の男達が入口から再び出てくる頃、上空で一瞬灯りが点ったのが視界の端に映る。 マフィアの人間がそちらに目をやり、しきりに無線機に怒鳴っているのを見たルーシャは静かに動き始めた。その顔に一切の感情を灯さずに。 □□□□ 出動要請に現場へと赴く十人の念能力者。マフィアの上層部が命を下し送り込まれたその者たちは、他の念能力者とは比べ物にならないオーラを纏っている。 彼らの総称は“陰獣”。その名のとおりどこか人間離れした雰囲気を持つ彼らは、マフィアに仇をなした人間を容赦なく手にかける謂わば裏社会の戦闘集団である。 先に四人が特攻隊として向かったのに続き、残りの六人は戦闘中の現場へと向かう途中であった。 明かりのない暗い岩場を移動していたその時、ふと一人が声を上げた。 「……?おい、あんなとこに女がいるぞ」 「ああ?女ァ?」 離れた暗い岩道の隅。 最初にその影を見つけた陰獣の一人が視線をやり、他の陰獣も追ってさりげなく目をそちらへと向けた。 上手く気配を消している。 もし姿が見えなければ気がつかなかっただろう。 その女はこちらに背を向けて、戦闘を繰り広げている少し先に意識を集中させている。真っ黒な髪にモノクロで統一された目立たない服装。すらりとした細長いシルエットながらもかなりの力を持っていることは彼らの誰もが感じ取っていた。 「なんだ、あの女は」 「どこの組の人間だ?」 「……いや、あいつマフィアの人間じゃねえな」 陰獣の一人が発した言葉に各々が少し考え、ああ、と納得の声を上げた。 人気のない場所でぽつんと佇む女。周りに仲間の姿はない。 組の人間が単独で行動するのはかなり珍しいことである。稀に偵察係として動くことはあるものの、まずあの女は他の人間との連絡手段である無線機を持っていない。 彼女が手に持っていたのは敵を切り捨てるための獲物、一振りの刀であった。 組の人間でないなら、答えは一つ。 陰獣たちは静かにお互いの目を合わせて頷くと、足音をたてずに女へとにじりよった。 「おい、」 「……なにかしら?」 特に驚く様子も見せずに女は振り返った。つり目がちの蒼い瞳は細められ、整った優美といえる笑顔が自分たちに向けられる。 「お前、ここで何してる」 「何って……盗賊を捕まえるために様子を見に来てるのよ。こんな場所にいるんだから、当たり前でしょう?そういうあなたたちは何よ?」 「オレたちは陰獣。十老頭から要請を受けて現場へと向かっている」 「……十、老頭?そんなトップが動いたってことは、あの盗賊相当ヤバそうね」 大した演技だ。 もう彼女を敵として疑わなかった陰獣たちはそう感嘆した。もちろんいい意味ではないが。 素性を追求しようとした彼らの視線を振り払うように、女は刀を背負って立ち上がった。ここに留まる気はもうないらしい。しかしこちらの立場として“敵”は逃がす訳にはいかない。 「あなたたちに任せて下っ端は下がってた方が良さそうね。じゃあ私は失礼して―――」 「待て」 こちらに背を向けた女に鋭くそう声をかけると、空気が張り詰めた。振り返らないその背中は、一分の隙もない。 「お前ほどの腕なら盗賊一人ぐらいは捕らえられるかもしれんぞ。……それとも、早くここから立ち去りたい理由でもあるのか?」 「…………」 少しの沈黙。 そして、膨れ上がったオーラ。 「……!」「な……」「こいつ、」 女から立ち上った濃密で凶悪とも言えるオーラは恐ろしい獣のように蠢いている。それに一瞬圧倒された陰獣たち。僅かなその隙に女は身を翻して逃走した。 「オレたちはここに残る!!お前ら二人はヤツを追いかけろ!!」 「了解」 □□□□ ああもう!ついてねえ!! 「っ……の!」 「待ちやがれ!!」 後ろから繰り出される攻撃を避けてひたすら逃げる。見晴らしのいい岩場の上。追いかけてくる陰獣二人を完全にまくのは骨が折れそうだ。 「いっづ!!」 左肩に激痛が走りよろけた身体を急いで立て直す。その一瞬でかなり距離を詰められたが、石つぶてを目眩まし代わりに投げつけてひたすら私は走った。 運が悪いのか私の不注意が悪かったのか、見つかってしまった以上はどうしようもない。声をかけてきた時点で、奴らは私を盗賊の仲間だと確信していた。 少しぐらいはこっちの意見も聞き入れてくれるかと思って話を合わせたってのに、もう視線が既に獲物を狩る目だ。全く、思い込み激しすぎだろ! 口八丁で上手いこと抜け出せたら、という淡い期待も叶うことなく向かってきた殺気につい苛ついたオーラを漏らすと、それが合図になってしまったようで陰獣の二人が一斉に飛び掛かってきた。 ちょっと逃げれば上手く撒けるはず、そう思って逃げていたのにコレだ。流石“陰獣”、なかなか強い。周をした刀だけでの太刀打ちは難しいな、少し舐めてた。 「逃げてばっかりじゃオレらになぶり殺されるだけだぜェっ!」 「っ!」 太ももに細い何かが刺さる。瞬時にそれを抜きとると周、そして投擲。 上手く腹に縫い込まれたそれに呻き立ち止まった奴に、追い討ちをかけるべく刀を降り下ろす。しかしもう一人に刃は止められ、その間に傷を追わせた奴も体制を立て直していた。 「チッ!」 うかつに“爆箱”を使ってしまえば旅団に自分の存在を示してしまう。特にアイツらは私の能力を知っているから余計に攻撃ができない。 だからその分要所要所で“盾箱”で防御はするものの、やっぱり能力を発動することで気配を感じ取られてはせっかくの尾行が台無しになる。……いや、もうこの尾行は続行するのは無理かもしれないな。 既に旅団とは離れている。逃げている内に奴らを見失ってしまった。 もしあのマフィアたちの中にクラピカが居たら…… 「っ!!」 「何考え事してんだァ!?」 「クソッ!」 とにかく旅団がいた場所が見えるところまで戻らないと。 陰獣の攻撃をかわしながら、私は逃げてきた道を引き返した。 [前] | [次] 戻る |