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夕日の差す赤に染まった静かな部屋で、二人の影は重なる。
これ以上ないロマンチックな状況にも関わらず、キスを交わした二人の声はなんとも色気のないものだった。

「ぶっ!」

「ん゛!?」

二人のくぐもった間抜けな声と共に、がちん、と硬質の何かがぶつかる音。胸ぐらを掴んでいた手を離したルーシャは自身の口元を抑えて呻いた。

「ぬ゛………歯…」

「………ッククク……!」

ぽかんとした表情を見せていたヒソカだったが、顔をしかめて痛みに耐える彼女に思わず笑い声を漏らす。

一方のルーシャは恥ずかしさからか盛大に舌打ちをかまして顔を反らした。
珍しく積極的な行動をしたというのに、彼の表情は全く変わらない。息をついて正面から見据えた顔は、寧ろ次の言葉を心待ちにするような笑みさえ浮かんでいる。この先を言うのは癪だが今更引く訳にもいかず、ルーシャは口を開いた。

「お前のせいなんだよ、私がこんな服買うはめになったのは」

「……そこがイマイチよく分かんないんだけど◇」

「こういう服が似合う可愛い女の子が好きなんだろ?」

「…………◆」

ここまで言ってしまえば分かるだろう、ルーシャがヒソカに好かれたくてこの服を買ったのだと。案の定彼は更に口角を上げて笑った。

「別にルーシャならどの服を着ても好きだよ◇」

「っ…なんつー口説き文句だよ……」

前までの彼女なら、そんな言葉など鼻で笑っていられたのだろう。事実、数日前の告白では『薄っぺらな言葉だ』と流していたのだから。
しかしその言葉ではヒソカも納得がいかない。「なんで服の話になるのさ◇」との追及に、ルーシャは言葉を続けた。

「……今日ふわふわした可愛い女の子連れて歩いてたじゃん。だからああいう感じが好みなんだと思って」

「女の子……ああ、彼女か」

特に何でもないかのようにそう呟いたヒソカ。口振りからしてあの少女は大して気にかけるような存在ではないらしい。心のどこかで安心している自分がいることに、鼻で笑いたくなった。
しかし次にヒソカの口から出たのは衝撃の言葉だった。

「彼女はもう死んだよ◇」

「は?」

死んだ?
どういうことだ。
そこまで考えて、ヒソカが自分以上にどうしようもない戦闘狂で殺人狂だと言うことを思い出したルーシャ。
まさか単なる気分で殺したのか。
その疑惑は、ヒソカの次の言葉で明らかになった。

「イルミに頼まれたんだよ◇標的の動きを止めたいからある程度仲良くなって隙を作って欲しいってね◆」

「あー……そういうことか」

「そ◆それにしても嬉しいね、嫉妬してくれてたんだろ?」

「……ああそうだ、嫉妬だ」

今までなら恥ずかしさで言い淀んでいた言葉。
しかし今更気持ちを隠すのもみっともない。もうヒソカとて分かっているのだ、ルーシャが自分を好いていることに。

「お前が他の女の子と仲良くしてるところなんて見たくない。だからヒソカ、お前が見るのは私だけ」

割り切ってしまえば、簡単に言葉は口から滑り出た。今の彼女の正直な、そしてあまりに強欲な台詞。

「他は許さない」

我儘な言い分にヒソカは細い目を僅かに見開いて彼女を見据えた。その顔に浮かぶのは自己中心的なルーシャへの嫌悪ではなく、素直な驚き。
それに驚いたのは彼だけではない。実際に口にしたルーシャまで己の言葉を半分信じられないでいた。

(なんだよ私……こんな変態の何処がいいんだよ)

「言われなくても◆信じられないなら他のことで示そうか?」

「別にいい。嘘だろうが本当だろうがもう関係なくなったからな。ヒソカが私に興味あろうとなかろうと、どうせ私はお前しか見ない」

どうしたというのだ。
一旦塞き止められた川が一気に流れるかのように、彼女の吐露にも等しい告白は止まらない。自分は、こんな大胆なことを言う人間じゃなかったはず。
話している内に徐々に顔に熱が集まるのが分かった。

「……い、潔く、認めたんだよ、もう」

「…………そんな真っ赤な顔で言われてもねえ◇」

「そこは気づかないフリしろよ!せっかくいい感じにっ……」

わあああああ、となんとも情けない声を上げて
ルーシャは身悶えた。言い終えてからやってきた羞恥心に耐えられなかったらしく、目の前にいるヒソカから視線を反らして手で顔を覆う。
しかしそんな彼女の両手をしっかりと掴んで隠すことを許さないヒソカ。真っ赤に茹で上がっているであろう彼女の顔は、目の前の想い人に無理矢理向き合わせられた。
自分より少し上にあるピエロのメイクを施されたヒソカが、普段の何倍も気持ちの悪い笑顔に見えたのは気のせいではないだろう。
にやにやと面白がるような視線を寄越してきた彼に対抗してルーシャは切れ長のその瞳をぎろりと睨み付ける。
ますます笑顔になった辺り、あまり効果はなかったようだが。

「もう、またそんな怖い顔して◇……まあでも、その方がルーシャらしいか◆」

「……悪かったな、可愛くなくて」

再び二人の影が重なる。
自分より幾分も厚い胸板に引き寄せられ、ルーシャはヒソカの腕の中に収められた。
反射的に肩を強張らせながらも、抵抗せずに抱き締められた彼女の顔はヒソカからは見えなくなる。羞恥に染まる表情を見られずに済んだことに少しだけ安堵し、大人しく彼の大きな身体に寄りかかった。

「ボクが言ってるのはそういうことじゃないよ◇へそ曲がりで意地っ張りで素直じゃないルーシャが可愛いってこと◆」

「私ツンデレかよ……」

「さっきはびっくりしたけどね◇」

「もう忘れて……」

腕の中で更に赤くなったルーシャは己の顔を隠すために目の前の胸に顔を押し付け、大きな背中に手を回す。しかしその咄嗟の行為は計らずもヒソカを煽ることになってしまった。

「………………◇」

「……!?」

ぐい、と顎を掴まれ上を向かされたルーシャの唇に、柔らかいものが重なる。先程自分がぶつけた時とは違う感覚と突然のことに、離れようと彼女はもがく。しかしがっちりと腰を押さえられ、結局僅かな抵抗も無駄に終わった。

「な、にして……」

「ホント、あの占い通りになったよ◇」

「占いって何……ん、」

尋ねようと開けた口は、再びヒソカのそれで塞がれた。最初は抵抗していたルーシャだったが、そのうち諦めたらしく未だ火照った頬を冷ますこともなく彼の口づけを受け入れた。
ゆっくりと啄むように交わされるキスは、男慣れしていない自分にヒソカが合わせてくれているのだと分かる優しいものだった。

「……っ」

「、ん……!」

「あいた◇」

「調子に乗るな!」

しかし甘い空気が流れたその場は、服の中に入ってきたヒソカの手により終わりを告げる。思いきり腕を捻ってやると、意外とあっさり彼は手を下ろした。

「残念◆」

「はぁ……」

今回は大して憎まれ口も叩かない。もう気持ちを伝えてしまったこともあったのだが、それ以上に彼女は疲れていた。
先程から心臓の鼓動が一向に落ち着かない。そろそろ頭から湯気でも出ているのではないだろうか。
再びじゃれついてくるヒソカに怒る気力もなく、ルーシャは背中に回された力強い腕を感じながら、ほんの少しだけ、小さく笑みを漏らしたのだった。

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