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胸に何かがつっかえているような気持ち悪い感覚を覚えつつ、私は買い物を再開した。
あ、これ最近着古してるから新しいもの買おう。色ちょっと変えてみて……これ着まわしききそうだな。何枚か買っとくか。
今度はデザインも考慮に入れつつ、店内を回って歩く。カゴの中に入っていくのは普段から着ているようなシンプルなものばかり。しかしいつもは通り過ぎるフリルや花柄の衣類が並んだコーナーで、私は知らない内に足を止めていた。

「…………」

マネキンに着せられているのは白いレースがふんだんにあしらわれたワンピース。半透明のその生地はちょっとした風でぶわりと飛んでいってしまいそうなほど線が細く、軽そうに見える。

そういえば……あの子が着ていたのはちょうどこんなものだった。
先程の小柄な彼女を思い出す。
隣に並ぶヒソカは、彼女に向かって優しい笑みを向けていた。
いつもの不気味な笑顔ではなく、時々私に見せるあの顔を、彼女に――――

「可愛いでしょう、それ」

「はッ、はいっ!?」

いきなり声をかけられ肩がびくりと跳ね上がった。後ろにはにこにこと営業スマイルを浮かべたショップの店員が。
……ヤバい。一般人の気配に気づけないって相当気が抜けてる。自分の迂闊さにほんの少しだけ顔を歪めてしまったが、気を取り直してこちらも笑顔。

「今年の新作ですよ!夏らしい白いレースがとっても素敵ですよね」

「そうですね。ふんわりした女の子にはぴったり」

「あら、お客様にだってお似合いになりますよ!」

「いえ、私は……」

「綺麗な方は何を着ても似合うものです!さ、こちらへどうぞー!」

「ちょ、あの!別に私着たいわけじゃ――――」

………………どうしてこうなった。

「あらーやっぱりとってもお似合いですわ!コレとコレを合わせて、髪はこんな感じで――――」

「…………」

このショップ店員……なんかキキョウさんを彷彿とさせる。
一人でヒートアップしていく店員を横目に鏡に映った自分の姿を眺める。
店員の言うことも嘘ではなかった。別にびっくりするほど不似合いな訳ではない。大人しくしていればそれなりに見えるのかもしれない。

でも……らしくはない。
これは私じゃない。
そう思って着替えたあと、そのワンピースを手に…………私はレジへと向かっていた。

「ありがとうございます!」

ん?

「13540ジェニーになります」

あれ?

「お買い上げありがとうございました!!」

ええええェェェ!!?

気がつくとまた蒸し暑い熱気に包まれ店の外にいた。手には自分で選んだ数点の服の一番上に、さっきのワンピースが見えている紙袋が。

え、私なにやってんの?
頭が馬鹿になったの?
なんで着もしないもの買ってんだよ!

手に持っているそれを返品しようと店の入り口を振り返る。
でも……もしかしたら着る時が来る、かもしれない……いやいやあり得ない。
数秒そこでぐだぐだと悩む。

こんなもの、まるで私があの女の子みたいに……

「あーもう買ったものは仕方ない!諦めろ私!」

胸の中に確かにある“それ”に無理矢理蓋をして、気持ちを切り替える。結局ワンピースを入れたままの紙袋を持ち、私は何かを振り払うかのように大股で家路についた。



□□□□



玄関を潜ると涼しい冷気が肌を撫でる。太陽の下で火照った身体が冷めていくのに安堵の息を吐き、私は廊下の一番奥にある自室へと向かう。数回道を曲がりドアが見えたところで、背後に人の気配を感じた。

その気配の主が分かった瞬間、あの感じ……前にアイツの異常な着信履歴を見ていた時に感じた、もやもやとしたものが胸に渦巻いた。
それが何かはもう、薄々分かっている。
だからこそ、今は奴の顔は見たくない。

早歩きで奴から逃れようと速度を上げる。しかし私の姿を捉えてから、奴は躊躇いなく足を早め、ぴったりと私の背中に張り付いた。

「ただいま、ルーシャ◆」

「…………ああ」

なんだよ、挨拶だけ済ませてとっとと居なくなればいいのに。ヒソカはずんずんと歩く私にずっと着いてくる。

「何かあったのかい?」

「……別に、そんなことない。というかいつまで着いてくる気だ」

どこか不自然な仕草をしてしまったらしい。そんなに分かりやすい表情はしてないと思ったんだけど。

「いいじゃないか◇つれないねェ◆」

結局部屋まで来やがった。本当は蹴り飛ばしてでもヒソカを追い払いたかったのだが、そこまで嫌がるとますます何かあったんだと勘ぐられそうだし仕方ないのでそのままにしておく。
とりあえず荷物だけ置いて部屋を出れば、顔を見ないで済むはず。そう思って手にしていた紙袋を机の上に置こうとした途中で、紙袋は宙に浮いた。

「なんだいそれ?」

「え?……あ、ちょっと!」

やめろ!見るな!
柄でもない服を買ってきたなんて恥ずかしすぎる。運悪く一番上にあったワンピースを掴んだヒソカは、取り返そうとする私の手を上手く避け、まじまじとレースが揺れるそれを眺めた。

「おい、返せ!」

「コレ、キミが?」

恥ずかしいほど顔に熱が集まってゆく。
そんなに見るな!早く返せこの馬鹿!!
必死になってそう叫ぼうと口を開けるが、それより早く、ヒソカの方が言葉を紡いだ。

「似合わないよ◆」

ぴたり、と一瞬思考が止まった。

「キミにはこれ、似合わない◇いつも着てるやつの方がよっぽどいいよ◆」

「……ふーん」

確かにそうだよな。似合わない……似合わないよな、どうせ。
自分が思っていた以上にその言葉はずしりと重くのしかかった。たった一言、“似合わない”とヒソカに言われることがこんなに辛い。
それを悟られぬように笑う。上手く笑顔を作れている気がしない。これ、もし無理してるって気づかれたら、私は“似合わないくせに可愛くなりたい願望持ってる”って思われるんだろうか。……嫌すぎる。

「今のキミじゃ、って意味さ◇もう少しおしとやかになったらどうだい?そうすればきっと似合うよ◆」

「なんだそれ、フォローのつもり?別に好きで買った訳じゃねーんだよ、これ」

「それじゃ、誰かにプレゼントかい?」

「いいや、私のだ」

「?」

思わず本音が出た。好きで買ったんじゃないならなんだ。そう言いたげに首を傾げるヒソカに心底腹が立った。

「お前のせいだ、ヒソカ」

「は、……?どういうこと、」

あの子と二人寄り添って歩いている所さえ見なければ、わざわざこんなもの買わずに済んだ。お前があんな風に他の女の子と仲良くしてなければ。

……もう限界だ。
これ以上誤魔化せない。
あーあ、馬鹿だな私。こんな奴に負けるとか最悪。
せめてこいつの、ヒソカの裏をかくぐらいはやってやりたい。その思い付き一つで、気づけば私は奴の胸ぐらを掴んでいた。

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