3/5 電話を切ったルーシャは、先程ゴンから聞いたオークションのことを思い出した。 ハンター専用ゲーム、グリードアイランド。 名前だけなら聞いたことはあった。念能力者のみがプレイできるといわれているもので、ネット上では幻のゲームとして様々な情報のみが飛び交っていると聞く。 「ぬうう……自称ゲーマーの血が騒ぐ!鎮まれ私の両手!」 一人で喋るルーシャの両手は、無意識にゲームのコントローラを持っている。グリードアイランド、の単語は自動的に彼女の頭にインプットされた。 「とりあえずチェック!絶対プレイするぞ!」 □□□□ 厄介なことになった。 ヒソカは“助手”を箱に収めながらそう思った。 箱といっても頭と足が外に飛び出しているタイプのもので、そこから彼女は笑顔で観衆に目を向けている。 箱の真ん中にある溝に合わせ、板をざっくりと差し込むと、ちょうど腹の所から二つに別れた身体は血を吹き出すこともなく離れた。再びヒソカがそれをくっつけ、刺さっていた板を抜く。“助手”は何一つ身体のパーツを失うことなく、五体満足で箱から出てくる。 観客の拍手と歓声が、二人を包み込んだ。 彼らがマジックショーを行なっているここは、協会本部に程近い駅前の広場。 ちょうど今日、この時間帯はすぐ隣のデパートへ買い物にきた家族連れや主婦でごった返している。しかも休日のため、お茶をしに来た学生なども多い。そんな中行われたショーは満員御礼、かなりの盛況ぶりであった。 大成功に終わったショーの後片付けをすべく、ヒソカと“助手”は使用した道具を手際よく鞄に収めていく。 「ヒソカさん!こっち片付け終わりました!」 「ありがとう◇こっちも終わったし、今日はこれで終了◆お疲れさま」 「あ、は、はい!お疲れさまでした!」 元気良く返事をしてはにかむ“助手”……魔獣サキュヴァン、もといサヴァ。偽名なのか本名なのかは不明だが、種族名から取っているあたり、恐らく食料……人間に教える為のただの記号として適当につけたのだろう。 初めてマジックを彼女の前で見せた時、いきなり近づくのは逆に怪しいと考えたヒソカは、その日一旦引くつもりだった。しかしショーの後、さあ帰ろうと思った矢先に意外にも彼女の方からコンタクトを取ってきたのだ。 ヒソカを獲物と捉えているのかもしれないが、向こうから来てくれればこちらも好都合。わざわざ申し出てくれたこともあって結果的に、彼女―――サヴァをマジックショーの助手として雇うことになったのだった。 別れの挨拶を済ませ、早々に帰路(協会本部だが)につく。しかし後ろから誰かが着いてくる気配を感じ、ヒソカは内心面倒に思いながらも笑顔で振り返った。 「…………◇」 「えへへ……」 小動物を思わせる動きでヒソカの隣にならんだサヴァは幸せそうに微笑んだ。その笑顔が本物かどうかは彼女しか分からぬことだが。 自分よりかなり下の方にある頭を撫でながら、ヒソカは心中で小さく溜め息を吐いた。もちろん顔には少しも出すことはない。 彼女と接触を始めてもう既に四日目。 その間ヒソカはこうやってマジックショーをし続けなければならない。体面上、サヴァをマジックの助手として傍に置いたため、その場限りだったはずのショーを本格的に行わなければならなくなってしまったのだ。 ヒソカの持つ自由時間はショーと、そしてサヴァの話し相手にほぼ費やされることになってしまった。今まで担当していた本部での家事も当然こなし続け、ここ数日彼はバタバタとした生活を強いられていた。 最初は暇つぶしがてらとある作戦のために、と考えていたが、これはいくらなんでも多忙すぎる。 「ヒソカさん、この後お暇ですか?」 「うん◆……と言いたいところだけど、買い物もあるし、ちょっと忙しいんだ◇」 できれば彼女からは離れたい。 ヒソカが思った以上に、サヴァは人なつこかった。……否、そう見せかけているだけかもしれないが、正直べったりと張り付かれていると鬱陶しい。今更ながら後悔の念がヒソカの頭を掠めた。 (なんでこんな面倒ごと引き受けちゃったんだろ、ボク◇) 相手が魔獣のため、うかつに殺気を出すこともままならない。そういう意味も込めて『来るな』と暗に示した、つもりだったのだが。 「あ、じゃあ私一緒にいきます!ちょうど私も買い出し行きたくて!」 慣れた作り笑いが一瞬ひきつったような気がした。 □□□□ 「ヒソカさんヒソカさん、お肉美味しそうですよー、試食します?」 「ボクはいいよ◇行っておいで◆」 「はーい!……ん、おいしーですよヒソカさん!」 しきりに自分の名を呼んでは引っ張る彼女は、まるで小さな子供のようにはしゃいでいる。買い出しがあったと言っていたが、サヴァが持つ籠の中身は最後まで空だった。 (ルーシャとは、全然違うな……◇) 目の前の笑顔は、見る者のまさしく心を奪うような愛らしさであった。思わず抱きしめたくなるちょこまかとした動作は、今本部にいるルーシャは決してすることはないだろう姿だ。 それだけではない。 容姿も、服装も、性格も。 全てがルーシャとサヴァは正反対であった。 ルーシャはこんな風に自分の気を引いたりはしない。 ルーシャはこんなふわふわのワンピースは絶対に着ない。 ルーシャは、こんな風に自分に笑いかけてはくれない。 そこまで考えてヒソカは頭を振った。 毒されている。 自分が振り回されてどうするというのだ。 隣にいるのはヒソカさんヒソカさん、とくっついてくる魔獣。しかし彼の頭に常に居座り続けているその姿は、こんな時にもその存在感を露にさせていた。 結局魔獣は何も買うことなくスーパーを出た。荷物持ちなどさせるつもりはなかったのだが、勝手に袋をひったくった彼女はヒソカの少し前を歩いている。 ふと、その華奢な後ろ姿がくるりとこちらを向いた。俯き加減で目を泳がせている様子から見ると、何かを良い淀んでいるようだ。 「私、あの……ヒソカさんのお家行ってみたいです!」 恥じらいながらなんと大胆なことを。 純真そうな顔をするならもう少し遠慮する姿勢を見せてほしいものだ。出で立ちと言動のミスマッチさにヒソカは気付かれない程度に眉を潜めた。 当然着いて来させる訳にはいかない。「ダ・メ◆」とできるだけ穏やかに言うが、向こうも諦めが悪かった。 「む……そのつもりでも無理矢理着いていくんですから!いくらヒソカさんが逃げても追いかけて見せます!」 「いつも言ってるだろ?“奇術のタネは分かってしまうとつまらない”って◆」 「それはマジックの話です!ヒソカさんの秘密はタネとは違うんです!!」 「……困るんだけど◇」 びくり、と肩を跳ねさせてサヴァは黙った。 たった数日でも、自由に道を歩くことができなくなったヒソカの気分はすこぶる悪かった。ずっと殺気を抑え続けていたストレスが予想以上に溜まっており、ほんの少し苛つきを露にした物言いをしてしまう。 形の良い眉はへにゃりと下がり、元気がなくなったサヴァ。早くも目に涙をため始めた彼女に、面倒くさいと思いながらもヒソカは慌てるふりをして慰めた。俯いて丸まった背中をあやすようにさする。 「泣くことないだろう?ボクだって自分の生活がある◇キミだってそうだ◆」 「だって……だって、」 「それが分からない程キミは子供じゃないだろ?」 「……………………」 「?」 本当に唐突だった。 彼女のオーラがゆらゆらとざわつき始めたのだ。 何かの能力を発動している。 そう考えて離れようとしたヒソカの身体は――――一ミリたりとも動かなかった。 「!!」 「やっと…………捕まえた」 顔を上げたサヴァの瞳は、紛れもなく“獣”の目だった。 本能にぎらつく瞳は、清純な彼女の容姿には全く似つかわしくないものだったが、だからこそ餌となった男たちは惹かれてしまったのだろう。 潤んだ瞳と紅潮した頬は、華奢な身体と幼い顔立ちが相まって凄まじい色気を放っている。その表情のまま、サヴァ……否、魔獣はヒソカの首に両腕を絡ませて引き寄せた。身長差があるため背伸びする形で顔を近づける。 「ヒソカさん……美味しそうなんだもの」 ちく、と首筋に痛みが走る。血を吸われていると気が付いたのは、何故か彼女の顔が離れてからであった。 「……やっぱり、スッゴく美味しい。念能力者はだいたい美味しいんですけど、ヒソカさんはダントツです!」 先程の色気はどこへやら、きゃあきゃあとはしゃぐサヴァ。ヒソカは身動き一つできずただ笑う彼女を見つめ続けた。 彼女の能力だろうか、身体の自由が効かない。サヴァに手を引かれるまま、ヒソカは暗い横道へと足を向けた。 [前] | [次] 戻る |