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所変わってルーシャの部屋。
“練”をしながら、彼女は手に持った漫画に意識を向けていた。
最近はこうして何か他のことをしながら修行、という随分緊張感のない訓練を続けていた。大体何時間も立ったままオーラを消費し続けるのも退屈だと思っていたのだ、これぐらいは許されるはずだろう。実際それが出来るほど、ルーシャはここ数日で成長していたのだ。
だが体力も限界になってくるとその余裕も無くなってくる。今日は早朝から日没までずっと練を続けていたのだが、ようやく夕食を食べる頃になってルーシャのオーラは尽きかけた。

「っは、はぁっ…は、……今日は、これで終わり、かっ……」

息を切らし、膝をついてルーシャは久々の休息を取った。部屋中を埋め尽くさん勢いで発していたオーラも、今は彼女の身体を薄く覆う“纏”へと移行している。
脱力したまま、ふと視線を上げると棚の上にある携帯が目に留まった。
なんとなしにそれに手を伸ばし携帯を開く。着信履歴と受信メールの送信者にびっしりと並ぶ“変態”の文字に、今度は溜め息をついた。
そういえば、最近やけに外出が目立つ。
この間まで暇さえあれば自分に引っ付いてきた鬱陶しい変態男。一緒にいる時間が長い為、この短期間で奴のことをやむを得ず知ることになってしまった。
掃除や洗濯、料理は割りと器用にこなす。
メイクする時としない時の違いは気分と自分の反応を見たい時。
あんな奇抜な服装をしている癖になにかとセンスがいい。
人の気持ちにすぐに気がつく。
結構紳士的。
知りたくもないものに気づかされた普通すぎるヒソカの一面は、僅かにルーシャの彼を見る目を変えた。
しかし、組み手をすると発情する。
自分にセクハラをしては反応を見て面白がっている。
やたらとどうでもいいことで絡んでくる。
ねっとりした視線が気持ち悪い。
異常な着信とメールの量が怖い。
しかもそれを楽しんでいる。
多少見方が変わっても変態は変態だった。
ヒソカの普通の部分が見えてくる度に、徐々にではあるがルーシャは残念な気分になっていった程だ。
意外と悪くない所もあるのに、何故変態なんだ、と。
そんな様子でヒソカが側にいることにほんの少しだけ嫌悪感が薄まった頃、奴は“用事があるから”と自分から離れることが多くなった。それがちょうど四日前のこと。
ヒソカと組み手をした日の翌日からだ。

『お前の言葉は薄っぺらいな』

自分が発した台詞を思い出した。

……調子に乗っている。
自分とてそう変わらない、嘘つきで形だけの仮面を被って生活している癖にヒソカに何かを言えた義理ではない。
しかし……そうしなければ自分があの言葉を信じてしまっていた。
特別だ、好きだと言われた時に意思とは無関係に跳ねた鼓動を押さえられたのはほぼ奇跡だと言える。
あのヒソカのたった一言で、こうもルーシャは心揺るがされてしまっていた。
だから思い込んだのだ、『あれは嘘だ』と。そう考えることで自分の頭を冷やせたから。

(もしかしてあの言葉を真に受ける……ことはいくらなんでもないか、あのヒソカが)

四日前でぴたりと止まったそれを目にすると、胸の中で何かが渦巻く。黒いモノがつっかえているようなもどかしい感覚と少しの苛立ちは、今まで味わったことのないもので。
反射的に嫌なものを見てしまった、と顔を歪めた彼女は携帯をポケットにしまった。

「ん?」

しかし唐突に着信音が鳴り、ルーシャは再びそれを開いた。画面には自分が良く知る“ゴン”の名前が。その文字を認めてからすぐに通話ボタンを押した彼女は、久しぶりに聞く声に頬を緩ませた。

「もしもし、久しぶりゴン!元気してるか?」

『うん!ルーシャも元気そうだね!』

「ああ、のんびりやってるよ。キルアは調子どうだ?」

『………えっと、それがね……今ちょっと会ってない。勝負してるんだ』

「勝負?」

『うん。そのことでちょっとルーシャに聞きたいことがあってさ。ルーシャ、ネットオークションで上手く儲けるコツ知らない?』

「…………はい?」

途端に生々しい話題を振ってきたゴンに、思わず間抜けな声を出す。いつも元気で、金になど興味を示さなさそうな彼が『儲ける』と言ったのは確かだろうか?
その後事情を説明されてようやく納得出来たものの、そのとてつもなく遠い道のりに溜め息を吐いたのはご愛嬌だ。

「それは……無理だろ、どう考えても」

『そ、そんなことないよ!やればできる!……たぶん』

「いや、89億はどうやっても稼げないって……そんな簡単に金が手に入ったら世間様に怒られるぞ」

『うー……じゃあせめてさ、キルアに勝てるくらい稼ぎたい!』

「ああ……そう」

(ゴンの声で『稼ぎたい』なんて欲丸出しの台詞、正直聞きたくなかったな……)

遠い目をしたルーシャだったが、電話越しにそれが伝わるはずもなく、『ぜーったいに勝ってやる……!』と闘志を燃やすゴンの声が耳に入ってくる。その姿が目に浮かんだ彼女は、苦笑を漏らしつつつ、久々になる友人との会話を楽しんだ。

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