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「あぁっ……◇やっぱりキミ、最高だよ◆」

音もなくドアを開けた先には、とてつもない濃度のオーラ。その中心に立つ姿を認める前に、既にヒソカのモノは興奮でいきり立っていた。

「っ!?うわヒソカ!?」

後ろからの声に驚いたルーシャは振り替えって修行を一時中断させた。集中していて気づかなかったのだろう、危ない危ないと焦りを露にしている。
そんな彼女とは対照的にヒソカは快感に身を捩っていた。突き刺さるような痛い視線を感じてからはすぐに正気を取り戻したが。

「止めなくていいのに◇そのまま修行続けなよ」

「お前の気持ち悪いオーラ向けられながら修行なんてできるか」

「じゃあ休憩がてらに少しヤろうよ◆」

「………それは、いいな」

そこであっさり引き受ける辺りとことん
ルーシャも戦闘狂だ、とヒソカは口角を上げた。

いつもルーシャが体術訓練をしている道場まで来ると、彼女は慣れた動作で靴を脱ぎ、裸足で畳の上へあがった。ヒソカも続いて靴を脱ぐが、足の裏に感じる畳の感触はどうもしっくりとこない。
闘技場で戦ったときとは全く違う状況でこうして一戦交えることが嬉しいのはどちらも同じのようで、向き合って構えた瞬間、同時に両者の口元には笑みが浮かんでいた。

「、」「っ!」

合図もなく、共に動き出す。
ポイント先取を気にすることもなく戦えるためか、二人は試合の時より格段にレベルの高い肉弾戦を繰り広げた。

広い道場から見える開け放たれた縁側は、夏の日差しの下に木の枝を広げているお陰で柔らかな光を届かせている。しかしその涼しげな景色とは反対に、室内では激しい拳を打つ音が連続して響いていた。
慣れた場所での戦闘の為か、ややルーシャが押している。ひらりひらりと軽い動作で攻撃をかわしつつ、確実にヒソカにダメージを与えていながらも、体力は充分に保っている。
この短期間で彼女がかなり成長していることを実感しつつ、ヒソカは見つけた隙を容赦なく付いた。

「がっ、!」

この数週間、修行を近くで見てきた彼は、ほんの僅かだがルーシャの戦闘の癖を見抜きかけていた。戦う際に数多く罠を仕掛ける戦法の中に無意識に織り込まれた、ごく僅かに無駄な動き。そこを叩く。

脇腹にねじまれた爪先からの衝撃を受け、ルーシャの身体は呆気なく吹っ飛ぶ。着地する暇も与えずヒソカは彼女を追い、今度は拳を叩き込んだ。
が、予想していたのか迫る拳を受けとめた
ルーシャはそのままヒソカの間合いに入り込み、お返しとばかりに重い一撃を与える。続いて二回、三回。

「っ!げ、ほ……ルーシャ、前より力が増したね◇」

「正確には戻った、だ。何故か腕力が数年前より弱くなってたみたいで、なっ!」

放たれた蹴りを軽く避けたヒソカは、再び見えた隙に入り込み軸足を引っかける。体勢を一瞬崩したルーシャは急いで上体を起こすが、そのほんの少しの隙があればヒソカのような手強い相手には充分だった。

畳を叩く重い音が二回鳴り、仰向けに寝転んだルーシャに覆い被さる形で、ヒソカは彼女を押さえつけた。追撃の為に構えた拳が、真っ直ぐにルーシャの顔へと向かう。

途端に道場は静寂に包まれた。

「…………」

「…………」

数秒の後、ヒソカは手を離す。握られた拳がほどけると、その瞬間がっかりした表情でルーシャは起き上がって悔しさに声をあげた。

「あーあ、また負けた!これでも体力と腕力はついてきたってーのに」

「ルーシャが修行してた所、時々ボク見てたんだ◇観察してると一度じゃ見切れない隙が僅かだが分かった◆」

「おまっ……それはずるいだろ!」

「ボクは特に修行なんかしてないんだから、結果的にプラマイゼロでいいじゃないか◆」

「元の体力差があるじゃねーか」

「それは仕方ないよ◇キミ、女の子だもん◆」

「もん◆とかいうなキモい」

傷つくなあ、としょげて見せてもルーシャの態度は変わらなかった。いつも冷たく当たってくる彼女だが、それが軽蔑から来ていないのはヒソカ自身、充分理解していた。以前「嫌いだ」と言われた言葉は都合よく忘れることにしている。

「……そんで?」

「なんだい?」

「なんで最後、止まったんだ」

「アレでもう勝負は決まってたんだから、追撃したって意味ないよ◇」

「…………」

お得意の最もらしい嘘ではぐらかして見せようとはしたが、ルーシャにはそのような言葉など効かない。特に戦闘に関しては彼女は相手の動きをよく見ているのだ、自らの行動を偽るのは難しい。
じとりとした鋭い目線に肩を竦めたヒソカは、正直に話した。いや、寧ろこれは正直に話すべきことだっただろう。口に出してから、そんなことが頭に浮かんだ。

「……仕方ないねえ、だから言ったろ?ボクはルーシャが好きだって◆」

「はあ。……で?」

「分からないのかい?好きな女の子の顔を殴るなんてこと、いくらボクでもしたくない◇」

「普通好きな女の子と戦おうなんて言わないだろ」

「ちょっとした組み手みたいなものだろ?本気でキミを壊したいなんて、もう思わないよ◇特別だから◆」

そう言うと、ルーシャは顔色一つ変えずに溜め息を吐いた。好意を伝えたというのに照れや焦りは見られない。正直、可愛くない反応だとヒソカは思った。

「ヒソカの言葉は薄っぺらいな」

ルーシャは言う。

「どれもこれも嘘ばっかり。“特別”ってなんだよ?私もゴンみたいに“青い果実”ってか?」

嘲るようにそう笑ったルーシャは、「じゃあまた念修行の続きやるから。いい気晴らしになったよ」と自室へと帰っていってしまった。人一人いない道場に取り残されたヒソカは、ルーシャの言葉を反芻していた。

(ボクの言葉は薄っぺらい、嘘ばっかり……)

全て本当のことだ。
寧ろ嘘の中におりこまれる真実の方がわずか。それを拾い上げるなど至難の技だということは、自分とて分かっていた。
しかしその言葉は予想以上に、ヒソカの心に影を落とした。

信じてほしい、などとらしくないことが一瞬頭をよぎる。

(うーん、ちょっと作戦でもたてようか◆)

それでもいつもの調子が乱れることはない。心の内にあるモノに惑わされまいと押さえつけ、ヒソカはいつもの不気味な笑みを口元に貼り付けた。

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