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「なあヒソカ。自分の部屋にお前を出入りさせてるということだけでこれだけ私が嫌がってるっつうのに、お前は何をしてるんだ?」

「見れば分かるだろ?ルーシャの隣に布団を敷いてるんだけど◇」

「場所がおかしい。お前の寝床は廊下だ」

「それはいくらなんでも酷いよ◆ボク凍えちゃう◇」

「へー、室温27度でヒソカって凍るのか。すごいすごーい」

夜。
当たり前のように私の隣で寝ようとしたヒソカと軽口を叩きながら、凄まじい攻防を繰り広げる。豪速球で飛んでくる枕を軽く受け止め、再び投げ返す。ついでに追撃でキューブも飛ばす。
バンジーガムで全て受けきったヒソカはその反動を利用して枕をまたしても飛ばしてきた。時速約120キロで迫るそれを止めた後、馬鹿馬鹿しくなった私はこのダイナミック枕投げ大会を中止した。
「あ、面白かったのに◆」と子供のような膨れっ面をする奴はまあ、寝る直前なので当然ノーメイクだ。しかしこんな顔をしていても美形は揺らがない。
だが顔がどうだろうが、ここにいるのはヒソカ。
もう一度言う、ヒソカだ。

いくらなんでも隣で寝られたら私が寝つけない。というか危機感しか感じない。
私が頑として譲らない意思を見せると、仕方なくといった感じでヒソカは部屋からすごすごと出ていった。あれだけ粘っていたのはただ単に枕投げが面白かっただけらしい。アホか。

しかし意外とあっさり諦めたのがなんだか不気味だったので、一応念のため、と盾箱を張ってから私は眠りについた。
翌朝私のベッドの前でしょげていたヒソカを見つけて、自分の周到さを誉めてあげたくなった。



□□□□



ぶわり、と。
蒸気のような勢いで濃密なオーラがルーシャの体から立ち上る。みるみる内に部屋を埋め尽くした霧状のそれはあちらこちらで集合体を作り、無数のキューブを形取った。
体から発せられるオーラをほぼキューブに送り込んだルーシャは、部屋に浮かぶそれを適当に飛び回らせる。同時にキューブの中に幾つか“収箱”でしまっていた荷物を出現させ、更にそれを他のキューブへと瞬間移動……そこで、力尽きたようにそれらは一斉に形を失った。

「あぁーーー……しんど」

床に寝転がり脱力して、弱々しい声でルーシャは呟く。どろりと溶け出すようにオーラ状に戻ったキューブは、ゆっくりとルーシャの身体へと戻っていった。

帰ってきてから二週間。月、水、金の体術訓練と火、木、土の念修行をこなし続けていたルーシャはすっかり疲れ切っていた。体術は徐々に向上の兆しがあるが、念能力の方は未だ芳しい結果は出ていない。
そもそもルーシャの能力は、変化系をベースに操作、放出とバランスの難しい複合能力を使用している。それをなんとか上手く使いこなしているのは、ヒソカ戦の時のように相手のオーラを媒介にできる制約を持っていることと元々彼女が有しているオーラ総量がかなり多いこと、そして生まれもった系統が特質系へと変化したこと、この三つが大きい。
力があるからこそできるその荒業には、当然ながら欠点も多い。一つの能力を使用している間は、消費オーラの関係上他の能力を併用できないのだ。
今回の修行ではオーラ総量を更に増やし、そのデメリットを克服することが目標となっている。
オーラ総量を増やす。その方法は極々簡単、オーラの消費が一番多い“練”を体力の限界が来るまで続けることである。
その間は、ただひたすら立っているだけ。
思っても見ない基礎からの修行をネテロから言い渡されたとき、ルーシャは心中で思いきり舌打ちをした。
一人で部屋に籠ってひたすら念能力の訓練など退屈極まりない。もっと細かいコントロールを必要とするような修行の方がモチベーションも上がるというもの。
だがこういった基礎こそが大事だということはルーシャでなくとも分かっている。たった数ヶ月で成長したゴンとキルアのことを考え、渋々ながら彼女は修行を続けているのであった。
……今のように、時折息抜きだと言い訳して修行内容とは違うことをしているが。

「こんなに力落ちてたのか……」

遠い昔に行った念の修行を思い出しては、今との差異に溜め息をつかざるをえなかった。どうやら大分怠けすぎていたらしい。
これではゴンとキルアにすぐに追い抜かれてしまう。念能力者の先輩として、なけなしのプライドにヒビを入れたくはない。

「よっし!負けるなー私!」

普段は常にやる気無さげなルーシャだが、後ろから迫る新参者の気配に少し焦り始めたらしい。
オーラが全て身体に集まると頬をばしん、と叩いて渇を入れ、ルーシャは再び練を始めたのだった。



□□□□



(今日の晩はどうしよう◇確か豚肉が残ってたはずだし……◆)

そんな風に考え事をしつつ、賑わう街中を歩くヒソカ。
人通りの多い道を歩く為かいつものメイクはしておらず、身に纏っているものもシャツにスラックスと地味な出で立ちである。しかしそのシンプルさがヒソカの整った顔立ちと均整な体つきを際立たせているのか、街行く人たちの視線は自然と彼に集まっていた。少々不似合いなものが両手にはぶら下がってはいたが。

「全く、ボクを家政婦か何かだと勘違いしてるよ◇」

スーパーや市場で買った食材。主婦さながらの要領の良さでてきぱきと必要な生活用品を買っていく彼は、協会本部にいる間家事を担当させられる羽目になっていたのだった。

『家事?ヒソカが?』

『そうじゃ。タダで本部に居座ろうとは、お主も思っておらんじゃろ?』

『でも、なんで家事全般なんだい?』

『面白そうだからじゃ』

『…………確かに、ピエロが料理……ぶっくくく……!!』

『ふぉっふぉっふぉっ』

『…………◆』

最初はブツブツと文句をたれていたものの、元来順応性が高いヒソカは料理、洗濯、掃除と大抵のことはすんなりとこなしてしまっていた。

(う〜ん、流石ボク◇)

自画自賛しながら洗濯物を干し笑顔を浮かべるピエロ男は、端から見ればかなりシュールな絵面だろう。半月もたてば、本部の人間もその異様な光景に慣れてきてはいたが。

(でもルーシャの洗濯物は渡して貰えないんだよね◆残念◇)

彼女の衣服ーーー否、下着などをヒソカがどうするかは簡単に想像出来たのだろう。それ以前に触られたくもないらしい。若くして反抗期の娘を持ったような気分にさせられたヒソカである。
料理にも時々薬を混ぜてみたりしたのだが、どうやらルーシャは薬品に耐性があるらしく、「毒盛る暇があるなら真面目に作れ」と怒られるだけで終わってしまった。
そんなこんなで大人しく家事だけをこなすヒソカは、この短い期間で早くも主夫っぷりが板についていたのだった。
豚のしょうが焼きでもするか、と今晩のメニューを決めて副菜の買い出しも終わったヒソカは本部に戻り、キッチンで食料を片付けていた。

「……ん?」

ふと感じた気配。
買い出しの材料を全て冷蔵庫に納めてから、ヒソカは気配の正体を確かめるため廊下へと出た。
本部の少し奥まった、離れのような広い部屋。いつも彼女に会いに行くために通っているそこから、気配は漏れ出している。

「…………◇」

身体の毛が微かに逆立つ。
くつくつと音を立てて笑ったヒソカはいつもの粘ついたオーラを纏い、軽い足取りでルーシャの部屋へと歩を進めた。

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