3/5 「ほうれ、左」 楽しげな声とは反対に凄まじい衝撃がルーシャの全身を打った。道場を突き破り外の森へと飛ばされた彼女を追うネテロの拳には、とてつもない密度のオーラ。木の幹を背中でぶち折りながらも身体を立て直したルーシャは、目前に迫るそれから出来る限り離れた。 拳が地面に触れた瞬間、空気の振動が波となってルーシャに襲いかかる。先程まで木が生えていた地面は、強大な爆撃を受けたかの如く半球に凹んでいた。 少しの力を込めただけでも、恐ろしい破壊をもたらすネテロの念。何の防御もなくそれを受ければ、生命機能を停止させられる程度では済まない。 ルーシャは盾箱(シールドキューブ)を発動させ、衝撃から身を守る。しかしそれでもビリビリと骨まで響く振動。 余りにも力の差がありすぎるのだ。 ルーシャとネテロの組み手は、いつもこうして最後には能力を最大限駆使しなければならない羽目になる。 ネテロが少し手を抜けばそこをルーシャが突き、しかし叶わず弾き飛ばされる。そんな動作を何十、何百と繰り返す内に、彼女には相手の弱点を見抜き、それに合わせて戦う術が身に付いた。 木の葉にまみれながらも受身を取り、右足に隙を見つけた彼女はそこ一点に集中する。だがそれも軽く弾かれ、ダメージを与えることが無理だと悟ったルーシャは一旦距離をとり、一呼吸おいて構えた。 「ふむ。まぁまぁといった所か」 しかしその一瞬の休息もネテロの言葉と共に終わりを告げる。息の上がったまま再び動き出したルーシャの動きは、ほんの少し鈍くなりつつあった。 「……っぁ!!」 僅かなタイムロスがダメージに繋がる。かすっただけの拳は、本来ならあり得ない打撃を彼女に与えた。吹き飛ばされ、背中から着地したのは奇しくも元いた道場だった。 「今日はここまでじゃな。んじゃーお疲れさん」 「は、はい……ありがと、ございました……」 慌てて起き上がり正座で挨拶のみを済ませる。息を切らせながらネテロが部屋に戻るのを見届け、その後空気が抜けるようにルーシャは一気に倒れこんだ。 広い空間に、乱れた呼吸音のみが聞こえる。耳元では血液を身体中に巡らす心臓の音がうるさいほどに鳴っていた。 どれほど動き続けていただろう、ここまで休みなしに組み手をするのは久しぶりだ。体力がだいぶ落ちていたかもしれない、動きに着いていくのに必死であまり時間の流れを感じなかった。 オレンジ色の照明を眺めながら、しばらくじっとして息を整えていると、ガラ、と扉の開く音が彼女の耳に届いた。 ネテロが帰ってきたのかと一瞬構えたが、床の上に立つ奇抜な靴が見えてルーシャは力を抜いた。 「お疲れさま◆」 「………、ああ……」 言葉を発するのも一苦労な状態のルーシャは、大の字に床に倒れたまま体力回復に専念する。その間にヒソカは靴を脱いで道場に上がり、彼女の傍らに座り込んだ。 「随分長い間してたんだね◇早朝5時から夕方5時、12時間も」 「昼に、……休憩一回」 「でもそれ以外はずっと修行だろ?休憩1時間として、半分でも5時間半◇充分凄いよ◆」 「修行っつか……遊び、と考えてる……あの人は」 「ふぅん……◇ますます闘りたくなってきたなァ◆」 「止めろ、死ぬぞ」 「心配してくれるのかい?」 「ちょっと休ませろ……………」 そういったっきりルーシャは黙った。 息は既に整っているが、身体が疲労の為動かないのだろう。 彼女が起き上がるまで、ヒソカは黙ってそこにいようとトランプを取り出す。しかし気が散るし鬱陶しいと追い払われた彼は、少しだけしょんぼりしながらルーシャの自室へと大人しく戻ったのだった。 [前] | [次] 戻る |