2/5 「なんですかー師匠?話って…………」 「もう、追い出すなんて酷いじゃないか◇」 「ルーシャ、お客じゃぞ」 「まだいたのお前」 しつこいにも程があった。 □□□□ 場所は変わり応接室。 ルーシャの隣にはヒソカ、向かいにはネテロ。改まって向き合う師弟二人の横で、ヒソカは相変わらずルーシャの横顔を凝視していた。 一方そのルーシャは、先程から胸の内にある苛立ちを隠そうともせずつり目がちな瞳を更に吊り上げている。その怒りの矛先は涼しい顔をしている自身の師へ。 「どういうことですか」 「何がじゃ?」 「(このジジイふざけんのも大概に)……、どうして!師匠が!ヒソカを私の部屋に通す許可なんかしたんですか!」 「お前さんの客人だから通した、それだけじゃよ」 そう、ヒソカを本部に上がらせたのは他でもない協会の最高責任者様だった。 それを特に気にする風でもなく飄々と言葉を返すネテロの視線は、いつにも増して生暖かい。先程から「若いのう」などと漏らしていたため、恐らくどこかで先程のやり取りを見ていたのだろう。この食えない老人は地獄耳に加えて神出鬼没なのだ。弟子であるルーシャにとってはいい迷惑である。 彼女の突き刺さるような視線もどこ吹く風で、ネテロはにんまりと口角を上げた。 「いくらなんでも追い返すでしょう普通!コイツ殺人狂ですよ!?師匠はともかく、他の人が危ないでしょうが!!」 「ボクは見境なくそんなことしないって◆」 「嘘つけ危険物が。いや猥褻物か」 「猥褻物はあんまりじゃないかい?」 その二人の様子に、ネテロは愉快愉快と呑気に笑う。射抜くような二つの視線が今度はネテロへと向けられた。 両方ともからかうのは好きでも、からかわれるのは嫌いなタチである。応接室に笑い声が響いた瞬間、彼らから発せられた冷気が部屋を埋め尽くす。 しかし一般人なら気絶するであろうその厳しい視線をネテロはさらりと受け流し、話の本題へと入った。 「さて、おふざけはここまで。ルーシャ、分かっておるな?」 「!……はい」 「ウイングから聞いたことから思うに、お主はまだ精神力が足りん。挑発に乗るのは構わんが、一度ギアを入れると止まらん癖、それをどうにかすべきじゃな」 「…………」 「よって、今から約一ヶ月!修行のしなおしじゃ!」 「……うーい」 元気が足りん、と厳しい目を向けられるのと同時にルーシャは急いで姿勢を正して張りのある返事をし直す。それから不思議そうな顔をしているヒソカに視線を移し、歯切れのいい発音のまま彼女はきっぱりと言い放った。 「ということだからいつまでもここにいないでお前はさっさと帰れ。聞いた通り今から修行だから」 「どうして?」 「邪魔だからに決まって…………?」 その言葉の途中で、ヒソカは何かを取り出した。それに目を向けることでルーシャの声が途切れる。 かなり大きいそれはピクニックや旅行先でよく見かけそうな、大容量のボストンバックだった。 「おいまさか……」 「そういうこと◇しばらくお世話になるよ◆」 「おお、ゆっくりしてくといいぞ、ルーシャの部屋で」 「これはどうも◇じゃあねルーシャ◆部屋で待ってるよ」 「な、おま、ちょ……」 驚きの余り言葉が上手く出てこない。 やけにスムーズな二人の受け答えを呆然と眺めていると、既に慣れた様子でヒソカは先程の部屋に向かった。タイミングを逃してしまったルーシャに、後ろからネテロが告げる。 「みっともなく自分の気持ちから逃げるでない。素直になることじゃな。ふぉっふぉっふぉっ」 これほど我が師を憎んだことがあっただろうか。 禍々しいオーラが彼女の回りに渦巻く。それを見ても尚、ネテロの笑い声が止むことはなかった。 □□□□ 「“修行”の王道だねぇ、滝に打たれるなんて◆」 「なあ、ヒソカなんでいんの!?」 滝壺の中にいるため声を張り上げ、ルーシャは今日何回尋ねたか分からない質問をまたしても投げ掛けた。タオルを片手に離れた場所に座るヒソカは、水飛沫と風が吹く岩場で器用にもトランプタワーを作って遊んでいる。 「キミのお目付け役だって◆」 「お前私の部屋で待ってるっつってただろうが!それにお目付け役なんかいなくても修行を怠ける訳ないだろー!!」 「会長から聞いたよ◇嫌なことは直ぐにルーシャは投げ出すって◆」 「…………(師匠……余計なことを!)」 協会本部から少し離れた森の奥。 緑に囲まれたここは、滝の音と鳥のさえずりが聞こえる長閑な場所である。人の手があまり加えられていない自然のままの木々は、好き放題に生い茂り荒れていた。 長い間人が来ていないことを思わせるそんな景色に加え、この滝壺の辺りは特に、獰猛な魔獣が日夜獲物を求めてさまよっている場所でもある。 先程からルーシャたちの荷物を狙ってにじりよる魔獣たちをトランプでさっくりと切り刻みつつ、ヒソカはタワーの続きを再開した。 お察しの通り、ルーシャに着いてきた一番の理由はこれである。お目付け役というのはあくまで付属に過ぎないのだった。 「どうせ滝に打たれるなんて退屈だ、とか言って森の魔獣たちと“遊ぶ”気だったんだろう?それじゃ修行の意味ないじゃないか◇」 「お前は私の母ちゃんか!」 「母親より恋人って言ってほしいな◆」 「こっちが合意してないのになにが恋人だっつの!」 「じゃあ愛人で◇」 「生々しすぎるわ!昼ドラの主人公やるにしちゃ私はまだ若いぞ!」 「ツッコミが微妙に分かりにくいよね、キミ◇」 雑談のせいか結局大した集中も出来ず、冷えた身体を震わせながら滝から上がってきたルーシャ。ヒソカからタオルを受け取りがしがしと頭を拭いていると、何故か途中でそれを取り上げられた。 「おい、何すんだ」 「乱暴だな◆もっと丁寧に拭きなよ◇」 小さな子供に言い聞かすような声と共に後ろを向かされる。長い髪に絡まった水分をヒソカは丁寧に拭き始めた。 わざわざ他人にしてもらうようなことでもないため、慌ててタオルを取りかえそうとするが、ヒソカは上手くそれをかわしてバンジーガムで彼女の身体を固定した。 「い、いいって自分でやるから!しかもガム使ってまで…大人気ないなお前!」 「クックック◆だって照れてるキミが見れそうだし◇」 「そ、りゃ子供じゃないんだし照れるに、決まってんだろ…」 「迷惑かい?」 「迷惑だ」 「じゃあ問題ナシ◇」 「オイ誰か通訳ー」 楽しそうに髪を拭くヒソカをどうすることも出来ず、彼女は仕方なく俯いた。大人しくなったルーシャだったが、タオルに隠れるその顔は僅かに火照っていたのだった。 [前] | [次] 戻る |