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……?

白い天井と黒い影が見える。
薄ぼんやりとした視界がはっきりとしてくるまで、数秒。

「……!いって!」

黒い影が自分の良く知った顔だと分かるまで、一秒。飛び起きて離れようとして、身体中の痛みに気がつくまで半秒。

「つぁ〜〜〜!」

「動かない方がいいよ◆全治一ヶ月だってさ◇」

手先は動くけれど、それ以外は切傷だったり打撲だったりで散々な痛みに見舞われる。結局少しも起き上がれずにうめき声を上げた私に大して構うことなく、事務的な口調で彼は何かのボタンを押した。
うぃぃぃん、という機械音と共に上半身が背中から押され、強制的に起き上がらせられる。そこで初めて、自分が寝ているのがベッドだと気が付いた。

変化した視界の中に、ぴったりと奴、ヒソカの顔が収まった。

「試合のこと、覚えてるかい?」

「あ…………」

そっか、確かヒソカと試合をして―――。

「うわぁ最悪だ私………」

ようやく覚醒してきた頭を項垂れて呟いた。下手したら会場の観客やゴン、キルアたちも殺してたかもしれないのだ。凄まじい自責の念にかられる。でも、私やヒソカが無事(とはいいがたいけど)なのだから、恐らく会場の人間の中に怪我をした人はいないだろう。

あの爆弾は不発だった。
爆発する直前、私はヒソカに驚いてキューブの性質を“手榴弾”から“閃光弾”へと変化させたのだ。ほとんど感覚だったし自分で変えたという自覚はなかったけど、この怪我を考えると、たぶん上手くオーラを練れていなかったと思う。しっかり爆弾を作り上げていれば、急に性質を変えるなんて不可能だから良かったといえば良かったのかもしれない。
それから、確かヒソカに抱き締められて………。そこで私の記憶は途切れていた。
あれ?

「私、確か最後にお前に切りかからなかったっけ?なんか普通っぽいけど」

「キミが外したんだよ◇もうあの時ほぼ意識なかっただろう?ハイ水」

「そうか……あ、ありがと」

「因みに勝敗の結果だけど……ルーシャの負傷具合からボクの勝ちだってさ◇ハイリンゴ」

「ふーん。ん、もーも(どーも)」

「…………」

「…………(もしゃもしゃ)」

「…………」

「…………(ごっくん)……で?」

さっきから何をやってんだコイツは。
普通に私の世話してるんだけど、物凄い違和感だ。そして意外とリンゴ剥くの上手い。
綺麗にウサギ型にならんだリンゴに視線を向けると、「まだ欲しいのかい?」だなんて私の口元にそれを持ってきた。
せっかくなので食べる。おいしい。
……いや、私が言いたいのはそう言うことじゃなくて。
黙ってリンゴを咀嚼する私を見て、何が楽しいのかヒソカは笑顔を浮かべている。しかもいつもの不気味な笑みじゃなく、柔らかい微笑。
元が整っているから(メイクはともかく)普通の人が見ればかなりの破壊力であろうその顔は、しかしヒソカの内面を知っている私からすれば何だコイツ、らしくない顔して、という程度に収まる。
訝しげに眉を潜めた私に気づいたのか、ヒソカは持っていた皿を置いてずい、と顔を近づけてきた。
背中にはベッドがあるため後ずさることも出来ず硬直する私に構わず、奴はそっと私の頬に触れた。

「女の子の顔をこんなにぼろぼろにしちゃって、ゴメンね◆」

「……何、急に」

壊れ物に触るような手と、私を気遣う言葉。しかしヒソカの切れ長の瞳は、その動作とは反対にギラリと私を睨んでいた。さっきの笑顔とは180度違う目に訳がわからなくなる。
というか……なんか怒ってないか?

「あー…心当たりは色々あるけどさ、私何かしたっけ?」

「何でだい?」

「なんか怒ってんじゃん」

「怒ってないよ◇」

「いや怒ってんだろ。とりあえず何を怒ってんのか言ってくれない?」

「……キミが悪い訳じゃあないんだけどね◆」

よくわからん。
私の頬をつついて遊んでいた奴は、その手を顎へと滑らせた。

「とりあえず責任はとってもらおうか◇」

「は?責任って……、っ」

何かに口が塞がれた。
唇に柔らかい感触。ゼロ距離に近いヒソカの眼。
触れただけのそれは、直ぐに離れたかと思うと、何回も浅く私の唇を啄む。

「……ん、」

え…一体何が起こってる?なに、何?
混乱する頭の中とは反対に、私の身体は少しも抵抗することはなかった。
ちゅ、と小さなリップ音が耳に届いたのを最後に奴は私から離れた。
呆然とさっきまで近い場所にいたその顔を見つめる。

「ボクを縛りつけた責任、とってね◇」

「…………」

「今日はこれで◆じゃあね、ルーシャ◇」

にっこりとこれ以上ないほど素晴らしい笑顔で奴は病室の扉を閉めた。
頬が熱い。いや頬どころか頭が熱い。
ぐらぐらと沸騰しそうに揺れている脳を無視して、思わず私は口走っていた。

「て……て、テメエが責任取りやがれェェェェ……!!」

結局ゴンたちがくるまで約30分、私は悶々と奴の謎の行動について考えさせられる羽目になったのだった。

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