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「っ、……」

何の抵抗もなく拳はルーシャの腹に吸い込まれる。衝撃に小さく声を漏らしたが、彼女は倒れる事なく後ろへ後ずさった。腹の前で組まれた両手が見え、ポイントを宣言しようとした審判は掲げた手を下ろした。

『同じ手は二度受けない!!ヒソカ選手のパンチをルーシャ選手、軽く受け止めました!!』

「なんだ、やっぱりもう慣れかけてるか◇」

「ハンター試験中も200階に来たときも同じ手を使われたからな。引っ張られる感覚とタイミングはもうだいたい分かる」

「ふーん、そう◆まあそんなことはどうでもいいけどね」

しかし拘束されているという事実は変わらないため、依然としてルーシャの方が不利ではある。いくら慣れたといっても、自分の身体を思い通りに動かせないのは戦闘時には致命的だ。

単純に肉弾戦だけでの戦闘なら、だが。

「相手の能力が分からない段階でよくそんな風に余裕綽々でいられるな?」

(いや……単に顔に出さないだけか?)

ルーシャも普段は飄々としているだけあって、相手の表情の裏を読み取るのは上手い方だと自負している。しかし、どれだけ追い詰められようと、ヒソカが焦るところなど彼女は一度として見たことがなかった。

否。
もしかすると彼は、追い詰められれば追い詰められるほど、それを楽しむ節があるのかもしれない。
ルーシャと同じように。
しかしそんな思惑とは裏腹に、今回ヒソカは本当に策を巡らせていただけのようだった。
彼が人差し指を引っ張ると同時に、ルーシャの四肢が動きを止めた。驚く彼女を余所に、ヒソカはぐいと大きく腕を凪ぐ。それに合わせて足で踏ん張ることも出来ず、細い身体はあっけなくリングに転がった。

「ダウン、プラス1ポインッ!ヒソカ!3−2!」

「簡単さ◆今回はもっとしっかり捕まえておいただけ」

横たわり無防備になったルーシャは急いで凝をする。

「……!」

10本のバンジーガムがルーシャの身体中に貼り付けてあった。ほぼ巻き付かれるような格好のため、全てを操られてしまえば彼女の身体の自由は効かなくなったといっていい。

「凝を怠ったのが間違いだったね◆もうキミはボクの意思なしでは動けない」

(やっべ、ちょっと気ィ抜きすぎたか?)

元々バンジーガムに捕まるのは予想していたが、まさかここまで警戒されるとは思っていなかった。ルーシャはそう小さく舌打ちをした。
“凝”は戦闘中には必ず必要とする言うなれば必須アイテムだ。それを彼女が怠ったのは、カストロ、ゴン二人との戦い方を見た上で『よりヒソカに衝撃を与えられる』戦法を選んだ結果だった。
ヒソカに『ルーシャは自分の能力を既に知っていたから油断した』と思わせる為に。

(ともかく作戦はまだ続行だ。大丈夫、準備はもうできてる)

「警戒し過ぎだろ……お前にしては。これは予想してなかったぞ」

両手を縛られながらも、腹筋と足を使って立ち上がったルーシャはそう言って出来る限りヒソカと距離を置いた。
くすくすと笑いを漏らす彼の心は全く見えない。

「うん、普段ならこうする必要もなかったんだけどね◆」

「?」

「キミ、何で本気を出さないんだい?」

「……はぁ?」

思いもよらない問いに、ルーシャは本心から呆れ声を上げた。

「何言ってんだ?お前が手加減できる相手じゃないことくらい、私だって分かって戦ってるぞ?これが本気じゃないって?」

「ああ◆最初の気迫は中々良かったけど、試合が始まってから全く持って殺気が感じられないよ◇生ぬるいったらありゃしない」

切れ長の瞳をヒソカは更に細めて目の前の彼女を見つめる。

「何故殺す気でこないんだい?……ルーシャ、キミは――――」

「あーハイハイ、もういい言わなくていい。良くわかったから」

鬱陶しそうに頭を振って彼女はヒソカの台詞を遮った。
ルーシャはヒソカと違い文字通り格闘技を楽しみに来たのであって、殺し合いをしにきたつもりは更々なかった。が、彼はそれがお気に召さないらしい。今まで血を欲するような視線を出来るだけ見ないようにしていたのに、わざわざ自分から言われてはどうしようもない。
萎えちゃったよ◇と肩を竦めるヒソカに、溜め息を一つ吐いたルーシャは宥めるような口調で声をかけた。

「まぁまぁ、まだ勝負は決まってないだろ?私も別に何の考えもなしにお前に捕まった訳じゃないんだからさ」

「……ふうん?じゃあ見せてみてくれよ◇キミの実力」

(……なんか白けるなこの会話)

心中で軽く突っ込みを入れるも今更その場の空気をどうにかできる訳もなく、ルーシャは要望通りに作戦その1を実行するに至ったのだった。

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