言葉は笑顔に飲み込まれた


「たのもー!」
「今日も来たのかよ」
「グリーンさんを倒すまで毎日来ますよ!」
「強くなってから来いっつーの」

俺に挑発的な笑みを浮かべて、ジム戦に挑むナマエの姿を見るのはこれで30回目だ。毎日のように俺に勝負を挑んでは敗北して帰っていく。そしてその項垂れる背中を眺めながら帰るナマエを嘲笑う事が日課となっていった。
現在29戦29勝0敗。言わずもがな全て俺の勝ちだ。

「あとグリーンさんを倒したらチャンピオンリーグに行けるのに!」
「はっ、そんな甘い所じゃねーんだよ」
「くっ!今日こそは!」

ナマエはモンスターボールを片手に戦闘準備に入っている。毎日しつこく挑戦しに来ようが、ナマエが挑戦者である事には変わりない。挑んで来た挑戦者に迎え撃つのがジムリーダーの仕事だ。今日もいつものようにナマエの相手をする。簡単に勝たせてやる気もさらさら無い。軽い溜め息を吐きつつ、俺もモンスターボールを取り出して頼もしい相棒を繰り出した。



「悔しい!あとちょっとだったのに!」
「これで俺の30勝目。つーか強くなってから来いって言ってんだろ」
「今日こそ勝てると思ったんです!」
「それ毎日言ってるの分かってるか?」

ぐぎぎ、と下唇を噛みながら悔しそうに言葉をこぼすのはいつもの事だ。そして頑張ったポケモン達を労りながらボールに戻す姿が繊細に見えて、盗み見るようにそっと目をやる。その愛おしそうにパートナーを戻すナマエの姿に毎回惹かれていた。

ナマエは俺のポケモンに対する対策なんてものは一切せず、旅を共にしたポケモン達で俺に挑んでくる。お互い信頼しているのは見なくても分かる程だった。確かにナマエは強い。が、あと一歩足りないのだ。

「いつも詰めが甘いって言ってんだろ!今日のナマエの敗因は、終盤で守りに入ったことだな」

バトルが終わった後は毎回アドバイスをやる。トレーナーの成長を手助けするのもジムリーダーの務めである。俺の助言を毎回素直に聞き入れるナマエには好感が持てていた。また明日来ますから!そう言いながら去っていくナマエの背中を見送る。

さて、今日の俺の仕事はほぼ終わった。他に挑戦者が来なければもう終わったも同然だ。さっさと報告書を仕上げて今日はどこか出掛けるかな。俺は机の上から書類を手に取ってざっと目を通す。

「いやあ、最近グリーンさんがサボらずにジムの仕事してくれて嬉しいです」

にやにやと意味のある笑いをしつつ、俺にペンとリーグ提出書類を手渡すのは気を許したトキワのジムトレーナーだ。

「ナマエさんのお陰で随分と俺らの仕事が減りましたよ」
「…悪かったって」

にっこりと浮かべた笑顔の裏に張り付く嫌味に、居心地の悪さを感じた。ナマエが来る前は、何かと理由を付けてフィールドワークに出掛けていた。悪く言えば、ジム放棄のサボりだ。確かにここのジムトレーナー達には他のジムより迷惑を掛けていたのを理解していたが、いざ本人達から遠回しに言われてみるといたたまれないものがある。

ナマエが来るようになって、俺の生活が徐々に変化していった。ほぼジムに居なかった生活が一変して、今じゃ毎日ジムで1日を過ごす事が多くなった。それがジムリーダーとして本来あるべき姿なんだろうけど。

「愛の力って凄いですね」
「誰が誰にだ。あいつはただの挑戦者だろうが」
「グリーンさんったら照れちゃって」
「おいこら。いい加減にしろ」
「はは、許してヒヤシンス」
「意味分かんねーよ」

ふざけた奴はもう放っておいて、さっさと目の前の書類に取り掛かる事にした。今までサボる事はあったが、上に迷惑を掛けた事は一度もない。やるべき仕事はしっかりとやるし、期日までには仕上げている。ただ、ジムトレーナー達には迷惑を掛けてしまっていた。それがこんなにも余裕ある生活に変わっていったのは間違いなくナマエが原因だ。

1ヶ月前、初めてトキワジムに足を踏み入れたナマエは、自信満々に乗り込んで来たらしい。
らしい、というのも俺はその時ジムには居なかった。いつものようにフィールドワークへと出掛けていたからだ。ジムトレーナー達は時間をおいて来てほしい事をナマエに伝えたが、彼女は素直に聞き入れず俺が帰って来るまで待っていた。そして戻った俺を見付けた時のナマエの笑顔が今でも忘れられなかった。

それから次の日もその次の日も、毎日ナマエがジムに来るようになった。最初の数日、俺はいつものように外出してた。しかし毎回ナマエがジムに来る度に呼び戻されるのが煩わしくなったのが本音だ。ナマエが来はじめてから一週間が経った頃には、俺はジムで待機をするようになった。

最初は面倒だと思っていたが、なんだかんだ嫌いじゃない。それどころか、無意識に心待ちにしている事に気が付いてしまって、自分自身で驚いた。
いつからだろう、生活がナマエ中心になってしまったのは。そろそろナマエが来そうだから早くジムに戻るか、とか、この書類を仕上げる頃にはナマエが来るだろう、とか。気が付いたら、ナマエの事を考えてしまっている毎日だ。流石にこれは重症だ。

ナマエは最初の頃に比べ、最近は強くなっているのが実情だ。油断なんてしたら負けちまうかも。そうしたら、もうここには来ないだろうな。なんて考え始めた思考に苦笑した。向こうから来る必要が無くなっても、俺が会いに行けばいいだけの話か。そろそろ折れるのも悪くない。事実ナマエは四天王に挑めるくらいには強くなっている。

さて、俺に勝てたらデートがてら飯でも奢ってやるかな。明日もジム戦を挑みに来るであろうナマエを、俺は心待ちにして待ち構える。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -