アンは泣く事もなく強い意思を持った瞳で前を見据えてそう言い切った。
すると、それまで黙って話を聞いていたアテナがアンの前に立ち、アンの体をソッと抱き締め、アテナの突然の抱擁にビクリと身を強張らせたアンは、恐る恐るといった表情でアテナのお顔を見た。






「アンさん、私達はこちらの世界での貴女の家族となりましょう。」



ね?と微笑みながらそう告げたアテナを、キョトンとした顔で見つめるアンだが、それにしても表情が豊かだと思った。
何しろ聖域の女は仮面を被っている女聖闘士かアテナか女官なのだが、アテナも女官も感情の起伏は激しくないからこう言った女を見るのは珍しいんだ。





おっと、話が逸れたな。


アテナのお言葉にアンは『……こんな異世界の私の話を信じちゃっていいの?』と、小さな声で尋ねた。





「ええ、私にはアンさんが嘘を仰っているようには見えませんもの。
ですが、貴女が納得できないのでしたら、お辛いでしょうが私達に貴女の記憶を見せていただけますか?」

「そんな事が出来るの?」

「はい。貴女も少々質は違えども強大な小宇宙を持っていらっしゃいます。
それを少しだけ利用させてもらって、私が媒体となって彼らにも貴女の記憶を見せる事は出来ます。」




アテナの話を聞いたアンは、本当に自分が異世界の者だと言う事を証明できるから良いと言い切り、それを聞いた我々は教皇の間に場所を移した。
そしてアンとアテナを囲むように立ち、我々は小宇宙を燃やし、アンは『覇気』とか言うものであろう小宇宙を燃やすと、程無くして俺達の脳内にアンの見てきたビジョンが浮かび上がった。





















まず見えたのは大きな鯨の形をした船の甲板に立っている、アンとほぼ同じ恰好をしている男の後ろ姿。
おそらく双子の兄であろうソイツの背中にもアンと同じデザインのタトゥーが施されていて、腕のものはアンとは反対側の左手に彫られていた。





『エース!ただいまっ!!』


アンはそう呼ぶと、その男は振り返って満面の笑みを浮かべた。
黒髪はアンと同様に癖毛気味で緩くウェーブがかかっていて、そばかすのある顔は、アンよりも人懐こさを感じる、憎めないような男だった。


勢い良く飛び付いたアンを、少しもよろめく事なく軽々と抱き止めると、アンの肩を掴んでわずかに離した。



『アン!お帰り!どこもケガしてねェか?』

『バカかおめェは。偵察に行っただけでケガなんかするかよい。』


アン達とはまた違った声が聞こえてそちらを向くと、青い大きな鳥が人の姿に戻ってそう告げた。
どうやらこの男が、アンがこの世界に来てしまったきっかけとなった男のようだ。



『それよりアン、オヤジに報告に行くよい。』

『あ、そうだね!』

『グララララ、その必要はねェぞ。』


また別の声がしたかと思えば、ズシンと地響きのような音がして、記憶の中のアン達と同様に顔を上に向けると、人間とは思えないほどの大きさをした老人が立っていた。
そのサイズは通常の人間の3倍以上はありそうな巨人である。




「あれが…アンの言う『オヤジ』なのか?」

「そうみたいだな。」


俺達の声は聞こえないようで、彼らは楽しげに話していたのだが、場面は次々に変わっていった。


誰かが変な形をした果物らしき物を巡って仲間に殺されたであろう場面。
そしてその犯人はアン達の隊の者で、エースは逃走したソイツを始末すると出て行こうとして、白ひげ達に止められるのを振り切って出発してしまった場面。


そして場面は一気に変わり、今度は海中を凄いスピードで進む船の甲板に立っている白ひげ海賊団の皆の顔は、死をも辞さない覚悟をした顔つきだった。
その直後、急浮上した船体は、湾に面した要塞のような場所で、突然現れた鯨の船─モビー・ディック号─に、処刑台に繋がれていたエースも、海軍の連中も一様に驚きを隠せなかった。








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