先輩って好きな人いるんすか。
口に出してからしまったと思ったけれど、今更どうしようもない。どこに向けようかと悩んだ視線は結局先輩の顔のところで落ち着いた。先輩はびっくりしたような顔をしていて、口は間抜けに半開きだ。

「財前ってそういうのに興味ないと思っとった」

「ありますよ」

まあ先輩の好きな人だけですけど、興味あんのは……なんて言えるはずもなく、俺は冷静な目で先輩を見つめる。
心ん中は内心ドキドキしていて、期待なんかするもんじゃないとは思いながらも、絶対にあり得ないと自分に言い聞かせながらも、僅かな可能性に希望を見出だしている。

「好きな人、なあ」

もったいぶっている時間の分だけどんどん体温が上がっていく気がする。腕のリストバンドを引っ張ったり離したりしているのはそれだけ余裕がないってことだ。いつもクールやな、とか言われる俺の心を今誰かが覗いているとしたら、そいつは今頃大笑いしているところだろう、間違いなく。
そんな思考を巡らせていたら先輩が何気なく言葉を漏らした。自分の世界に入ってしまっていた俺がもう一度聞き返すと、先輩ははにかみながら誰にも言うたらあかんでと前置きをした。

「謙也」

パッと頭に浮かんだうざいくらいに眩しい金色。それからあの笑顔。
辛いとか悲しいとか感じる前に、ごく自然に、俺は思考のページを白紙に戻していた。傷ついた自分をぽいっと捨てて、何にもないようなフリをした自分の誕生日。
泣きたい気持ちは心の奥底に押しやって、ふつうに、ふつうに。“普段通りのクールな”財前光。

「意外っすわ。てっきり部長のことが好きなんやと思ってました」

「まあ白石も友達としてめちゃくちゃ好きやけどなあ」

ああ、そうやんな。考えてみればそうやんか。謙也さんと部長は俺と違って学年――今年はクラスまで一緒やし、俺より一年も長く付き合いがあるし、部活でだってレギュラーの中でもあの三人は一際仲がいい。
忘れていた。仲がいいというより、三人の間の空気に特別感があるのだ。
別に先輩とも、もちろん部長や謙也さんとも仲が悪い訳じゃない。普通に喋るし、冗談だって言うし、毒だって吐く。向こうだって俺を嫌ってはいないだろう。
けど。
そうじゃなくて、俺は、それだけじゃ満足出来ない。
先輩が泣きたいときとか、愚痴りたいときとか、誰かに側に居てほしいときとかに先輩の隣にいるのは、決まって謙也さんか部長なのだ。俺が望むポジションはそこなのだ。

「まあせいぜい頑張ってください」

「せいぜいとか!」

「謙也さん意外と隠れファン多いですよ」

「……知っとるわ」

そうやって先輩を切なそうな表情にさせることが出来るのも、謙也さんだけ。
なあ先輩、俺やって先輩のことやったらいくらでもそんな表情出来んねんで。
誰にも見せたことのない泣き顔だって、先輩になら晒せるのに。瞳から伝っていくのは俺にしか見えないむなしい涙。
ここで泣いたって先輩は困った顔をするだけで、そんなことは分かりきっているということが余計に歯痒くて仕方ない。
好きです、って言うたらどうなってしまうんやろ。先輩はどんな顔で、どんな目で俺を見るのだろう。
白紙に戻したはずの思考のページがまた鉛筆でぐちゃぐちゃに塗り潰されていくのに気付くけれど、いつもみたいに白紙に戻したりは出来なくて、いつも俺はどうやってやり過ごしていたっけ、などと考える。
そうしていたら塞き止めていた涙とか思いとかが溢れそうになって、俺は慌てて、そして不意に口にしてしまった。

「俺、先輩のこと好きですよ」

俺も先輩も呆然とした顔をしていた。瞬きの音が聞こえてきそうな程静かで、この張りつめた感じは何か怖い。
ああ早く、早く何とかせなあかん。早く、早く、修正しな。

「……まあ冗談スけど」

「は?」

「驚かせてもてすいません。まさかそんなに信じると思ってなかったんで。先輩意外とアホですね」

「そ、なん……なんや、冗談かー」

「今さっき先輩の好きな人は謙也さんやって聞いたのに次の瞬間その先輩に告白するとか、そんなん冗談以外の何者でもないですやん」

「ああそっか! それもそうやな! あーもう見事に引っ掛かってもうたわ」

「ほなそろそろ俺帰りますわ。先輩、謙也さんのこと頑張ってくださいね」

「おん。ありがとう」

無理矢理に軌道修正、不自然なんかじゃなかった……はず。大丈夫や、大丈夫。
俺が部室を出ていくのと入れ換えに謙也さんと部長が中に入っていった。すれ違いざまに「財前お疲れー」とかなんとか言われたけれど、とても口を開く気にはなれなくて、というよりも口を開けば嫌なことしか出てこない気がしたので、頭をぺこりと下げるだけにした。
見慣れた景色の中を歩きながら、聞こえるのは自分が地を蹴る音だけだ。
まだ明るい夏空だとか。ああ次の角で曲がって少し行けばもう俺ん家だなとか。まだ帰りたくないとか。
ふらふらふらふら、足元がおぼつかない。どこに向かっているのかも分からない。自分がどうしたいのかだって。

「何であんなこと言うてもたんやろ……」

俺の中の希望みたいなやつはもうどこかに行ってしまった。さっきまでは小さいながらもちゃんと見えていたのに。あんなアホなことさえしなければ、まだ見えていたはずなのに。
先輩と謙也さんらは今頃笑いながら仲よう帰りよるんやろうなぁ。
そんなことを考えたら涙がもう躊躇うことをやめて、すっと頬を伝った。
こんな風に泣いたって、それを気に掛けてくれる人も、慰めてくれる人も、ましてやこの涙の理由を知っている人もいない。
そりゃそうだ。世界はこんなちっぽけな人間一人に構ってくれはしない。世界はひどく意地悪だ、そういうもんだ。
神様からすれば、俺なんて「今日の泣いてる人」ってカテゴリーに分類されるだけの、ただそれだけの存在だ。神様にとってだけじゃない、他人にとってもだ。
今俺が泣いてることに興味があるのは所詮俺だけだ。独りよがりなんだ、結局。

「先輩。好きやなんて嘘ですよ……なんて、嘘です」



ウソナキスト





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「ウソナキスト」
produced by 西沢さんP
song by GUMI

企画「無限ループ」さんに提出。素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。

大好きな曲でお話をかけて幸せでした。

110625