うちの先生は変人が多いと言われる漫画家の中でも飛び抜けて変人だと思う。 もうある程度は慣れたけれど、私が今まで取ってきたような「普通」のコミュニケーションが取れないのだ。意味不明な単語を連発しながら筆を動かす姿を初めて見たときの衝撃はまだ記憶に新しい。 でもその代わりに、というのはおかしな表現かもしれないけど、感覚が常人の何倍も研ぎ澄まされていると思う。 いつだったか、すごく晴れた日に「もうすぐ雨が降りそうなので皆さん帰った方がいいですよ」と先生に言われ、「こんなに晴れてるのに、なんでですか」と尋ねた時には空気の匂いが変わったからだと返された(そして実際その後家に帰った瞬間大雨が降ったものだから驚いた)。 そんな不思議な魅力があるからこんな変人のアシを止めたいとは思わないんだよなあ。 「あの、どうかしましたか?」 「……はい?」 「今日のあなた元気ないです」 くるっと椅子を回転させてあの鋭いようなそうでもないような目に見つめられただけでもうキャパシティぎりぎりなのに、そんなまっていて、逃げ道なんてなくて、その目線から逃げることが出来ない。 「別にないもないですけど……どうしてですか?」 精一杯何もないみたいに明るくそう言えば、先生は不満そうなうめき声を上げたあと、その目をキッと吊り上げた。 「あなたはテンション低いとき声のトーンも一緒に下がるです。今日、声いつもより悲しそうです」 違いますか?と何かを見透かすように問われれば、言い訳なんて喉から出てくるはずもない。 追い討ちを掛けるように先生が口にした「隠すのよくないです」という言葉を聞いて、涙が一粒フローリングに落ちた。 ……ああ、そこに先生の原稿がなくて良かった。 少し慌てたような雰囲気が先生の方から伝わってくる。ぽろぽろと落ちる涙を止める力を持っていない私はただ手の平でそれを受け止めることしか出来ない。 確かに、私は今日仕事を休もうかと考えるくらい落ち込んでいた。昨晩嫌なことがあってから胸に何かを詰め込まれたような感覚がずっと続いている。 けれど締め切り前に休むのはどうにも気が引けて(まあ、いつもの如く余裕はあるのだけれど)仕事場に来た。暗い雰囲気になんてしていいはずがないから、精一杯明るい私になりきったはずなのに。他のアシさんたちにはバレなかったのに。 なんで先生は私自身が気付かないような私の声の変化に気付いちゃうんですか。 「感覚が研ぎ澄まされてるのも考えものですね」 「ハイ?」 「ご心配お掛けしてすいません。確かに、辛いことはありましたけど……何だか先生の傍にいたら気持ちがちょっとラクになりました」 「そうです?」 「はい、ありがとうございます。それじゃあまた明日、失礼します」 がちゃん、と玄関のドアが閉まる。私はドアに背を預けそのままずるずるとその場に座り込んでしまった。 気持ちが軽くなったのは本当。きっと、無意識のうちに私は誰かに気付いてほしいと思ってたんだ、私が落ち込んでることに。声を掛けてほしかったんだ、大丈夫?って。 先生はそんな私の気持ちまでお見通しだったのかな。例えそうでも、そうでなくても、辛いときに一番ほしい言葉をくれるからさあ。 嘘泣きしちゃうよ ***** 企画「夜汽車」さんに提出しました。素敵な企画に参加させていただきありがとうございました。 コミュニケーションというテーマ、簡単なようですごく難しかったです。コミュニケーションの捉え方ってたくさんたくさんあるんだなって思うと、コミュニケーションって何なんだ?って考えてしまいました。 辞書に載ってる意味もしっくりこず、未だに答えは出ないですが、人と人とを繋ぐ手段の一つではあるのではないかと思います。 うーん、よく分からなくなってきた… 110403 |