「泉!」

吐息が白く染まる季節になってきた。さむ、とマフラーに顔を埋めながら振り返ると、みょうじがこちらへ走ってきているところで。一緒に帰ろうと言われ、別に断る理由もないから適当に返事を返す。

「寒くなってきたねぇ」

なまえが自転車に乗り、すっと前を行く。俺もそれに続くように自転車を漕ぎ出して、二人並んで外灯が少なく暗い道を走る。

「ねえ泉〜」

「ん?」

「誕生日おめでとう」

「お前今日それ何回目だよ」

毎年そうだけど、こいつは何回も何回も、何が面白いんだってくらいのおめでとうを言ってくる。今年も、俺は寝てしまっていたが律義なことに零時丁度のメールで一回、教室で席に着いたときに一回、部活のミーティングの前に皆に紛れて一回、おめでとうと微笑んでくれた。他の奴らにもたくさん祝福の言葉は貰ったけれど、こいつのは何ていうか、重みが違うんだよな。
みょうじがまた「寒いなぁ」とこぼす。多分その言葉に意味はない。言ってみれば口癖のようなものだろう。もしくは二人の間の静寂を埋めるためのものだろう。
前にテレビの中の芸人が言っていた。女の子に気を遣わせる男は駄目だ、と。あのバカ面が脳内で笑っている。そんなこと、分かってんだよ。

「みんな頑張ってるね」

「みんな?」

「野球部。泉も、昨日の夜庭で素振りしてたでしょう?」 

「あれは、ちょっと寝付けなくて」

「ふふ。泉だけじゃないよね、そういうの。部活見てたら何となく分かる」

曲がり角。先に曲がっていったみょうじがそのまま暗闇に溶けていってしまうような気がした。
何でこんなに、遠い存在なんだよ。野球部の中で誰よりもこいつの家に近いのに。誰よりも長い付き合いなのに。
住宅街。灯りが妙に眩しい。みょうじはちゃんとそこに居る。手の届くところにちゃんと居る。
なのに。

「……お前ってみんなのことよく見てるよな」

「そりゃまあ、マネージャーですから」

みょうじが笑って、白い息が宙を舞う。こいつの息遣いとか、袖から覗く指先とか、そういうものにどうしても目が釘付けになってしまう。と同時に、こんな顔見せられたら、「みんな」じゃなくて俺のことだけを見ていてほしいなんてワガママは、飲み込んで自分で消化するしかなくなってしまう。幼なじみという関係から一歩踏み出すなんてこと、出来るはずがない。俺にそこまでの勇気はない。

「あんまり無理しないようにね」

そう言われてハッとする。気付けばみょうじの家の前。もうさようなら。

「誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」

「だからそれ何回目」

「いいじゃない。黙って祝われてよ」

「はいはい、ありがとな」

「じゃあ、ね」

くるりと背を向けたみょうじのピンク色したマフラーから跳ねている髪の毛。ほんの一瞬、その髪の毛の先端に触れて、すぐさま手を引っ込める。気付かれないくらいの弱さで、なるべく優しく。
ああ、俺って臆病者だ。この想いを伝える方法なら、もう知っているはずなのに。



は折りたし梢は高し



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欲しいけれども、手に入れる方法が見つからないこと。

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