「い、ず、み!」

顔を真っ赤にしたみょうじがこちらに向かってぶんぶんと手を振る。正直、周りから好奇の目で見られ続けているあいつの元へ行くのは少し気が引ける。一応放って置くことも出来ず近くへ寄るが、何が楽しくて誕生日に酔っ払いを介抱しなければいけないんだろう。

「お前な、いい歳して周りに迷惑掛けるようなことすんな」

「いい歳って失礼な!まだまだぴっちぴちの二十歳ですぅー」

「酔いすぎだ」

普段はこんなになるまで飲んだりしないはずなのに。何だって今日はこんなに荒れているんだろう。しかも一人で。寂しい奴。

「俺にも一缶くれ」

「泉はだーめ。まだ十九歳でしょ」

「今日で二十歳なんだけど」

「ああそっか!忘れてたわ。おめでとうおめでとう」

「酔っ払いに言われてもなあ」

差し出されたビールを受け取りながらみょうじの横に腰を下ろす。無性に虚しくて、一気に喉へとそれを流し込む。隣でみょうじがケラケラと笑いながら、泉くんイライラしてるねえ、なんてほざいている。全く、誰のせいだと思っているんだろうか。
高校を卒業するまで、誕生日と言えばみょうじの顔が思い浮かぶほど、毎年こいつに祝われてきた。
それが大学に入った途端、段々とそれも淡白なものになっていき、今年はさっきのふざけた「おめでとう」しか貰っていない。
大人になっていけば、こういうものかと割り切っていたつもりなのに、そのせいで今すごく虚しい。悲しい。寂しい。
甘えてるんだよな、今でも。みょうじは変わらず俺の傍に居てくれるって過信して。誕生日になれば当然のように目一杯祝ってくれるんだって。そう、当然だと思っていたんだ。馬鹿みてえ。

「寂しい誕生日だったな……」

呟いてから後悔した。何だかみょうじへの当てつけみたいだ。こいつのせいなんかじゃないのに。

「けっ!どーせこれから彼女とラブラブするんでしょ」

「は? 俺彼女なんか居ねーし」

プルタブをかしゃかしゃやっていたみょうじの手が止まった。瞬きが多い、眉間に皺が寄っている。

「なに言ってんの。付き合ってるんでしょ? 一緒の大学の子と」

「いつそんなこと言ったよ」

「いや、泉から聞いたんじゃないけど……えええ」

誰から聞いたのか、とは敢えて尋ねなかった。
彼女なんている訳がない。どうにもこうにも、俺が好きなのは目の前の酔っ払い女一人だけだからだ。

「くそう、私のこの数ヶ月の煩悶を返しやがれ」

その発言を捉え、今度は俺がプルタブをかしゃかしゃしている手を止める番だった。煩悶の原因を問うほど野暮ではない。向こうは酔いに任せてその言葉を吐いたのだろうが、さすがに全くの嘘ではないだろう……と思う。
この片想いの始まりがいつだったかは、もう覚えていない。片想いを告白という形で終わりに出来なかったのは、俺の不甲斐なさのせいだ。
これからもぐだぐたと終わりを先伸ばしにし続けるのか?

「……好きだ」

「んー?」

「ずっとずっと好きだった」

顔に熱が集まる。唇を真一文字に結んでみょうじの瞳を見つめる俺の心の中は、煩くて煩くて。
言い様もない雰囲気が二人の間に流れたあと、みょうじの頬に、液体が一筋跡をつけた。その理由をあれこれ考える前に俺の首に回された、マフラーよりも温かくて、こしょばい腕。

「私も、小さい頃から泉が好きだった」

何回も何回も想像したその台詞は実際言われてみると、思っていたよりずっと嬉しい。
俺がずっとどんなプレゼントより欲しくて欲しくて仕方なかったのは、この瞬間だったんだ。

「泉、誕生日おめでとう」

とりあえず、明日の朝にでも今日のことは嘘ではないかを確認しようと思う。



に櫛り雨に沐う
 
 
 
*****
風雨にさらされて辛苦奔走すること。

101129
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