「泉〜」

寝起きの掠れた声が俺の鼓膜を振動させる。ついでに俺の心臓を早くさせる。いつまで経ってもこの朝に慣れることが出来ずにいる俺を、人は笑うのだろうか。

「泉、誕生日おめでとう」

「だからお前も泉だって」

「あ、あー……」

「いい加減慣れろ」

そう言ってなまえの髪をぐしゃぐしゃにして遊ぶ。嬉しそうに目を細める姿は、まるで猫みたいだ。薬指に嵌められた銀色が朝日を浴びて眩しく光る。こうして誰よりも早くおめでとうを貰えたから、朝だけど機嫌は上々だ。
ベッドを抜け出してキッチンへと向かう背中と一緒に、部屋の様子も視界に入る。壁に掛けてあるネクタイ、よく分からないオブジェ、今着ているトレーナー。全てなまえから貰ったものだ。こうやってなまえからのプレゼントに囲まれて、なおかつ側になまえ本人まで居てくれる、なんて幸せなことだろう。

「ありがとな」

なまえは卵を溶きながら何が?と尋ねる。何が、と具体的に答えることは出来なかった。その代わりにその小さな体を抱きしめた。
これで全てが伝わればいいのに。心の中の混沌とした声全て、ひとつひとつ。

「孝介?」

「それ、だし巻き?」

「え……あ、うん。そうだけど」

「やった」

何だか無性に気分が良くて、花瓶いっぱいに挿されている秋桜の一本を手に取る。ピンク色をしたそれは、俺の今の気分を映し出したみたいだと思った。
しばらく黙って卵を溶いていたなまえが急に顔を上げて、二人の視線がぶつかった。

「泉、ありがとうはこっちの台詞だよ」

あまりにも綺麗に笑ってそんなことを言うから、思わず息が詰まる。初恋みたいなむず痒さをごまかすように「ほら、また泉に戻ってる」と俺も笑った。 
 
 
天に在っては願わくは比翼のと作らん、地に在っては願わくは連理の枝と為らん
 


*****
玄宗と楊貴妃との交情の睦まじいさまを表した句で、夫婦の情愛の深い例え。

よっつのお話のタイトルの色が変わっている部分をつなげると、花鳥風月になるという私めの遊び心に気付いていただけたでしょうか?
ここまで読んでくださりありがとうございました。そして泉、生まれてきてくれてありがとう。

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