今日ほどのアンラッキーデーがこれまでにあっただろうか。理不尽な理由で先生に怒られ、部活で私の陰口を叩かれている場面に遭遇し、久しぶりに千歳と一緒に帰っている途中に些細なことでケンカしてしまって。挙句不良にカツアゲに遭っているなんて、そんな一日あんまりじゃないか。

「やーかーら。素直にお金出してくれりゃあ何もせえへんし」

「私も何回も言うとるけど、あんたらに出すお金なんか持ってへんわ」

「生意気やなあ」

ドン、と私の後ろの壁を叩かれてまた少し私の強気が崩れていく。こんな奴らに負けるとか絶対イヤや。そう思うのにやっぱり怖いのには違いなくて。
誰か助けてって心の中で必死に叫ぶけど、こんな人っ気のない道で助けてくれる誰かなんていないだろう。
蹴って怯んだスキに逃げてやろうかとも思ったが、相手は三人。武道も何もやっていない素人な私に三人の男を同時に蹴れと言うのは酷な話だ。
ぐるぐる回る思考回路は、なかなか妙案をもたらしてはくれず、私は強がってただ相手を睨むことくらいしか出来なかった。

「威勢のええやっちゃなあ。女のくせに」

「……待て、何か聞こえんか?」

「アホ、ここの道滅多に人通らへんねんぞ。しかもこんな時間やし。聞き間違いや」

不良たちの声の合間に微かに聞こえてくるカランコロンという音を私は聞き逃さなかった。脳裏に浮かぶのは他の誰でもなくあの男一人で、そしてなぜか私はその下駄の音の主はその男以外に有り得ないと確信していた。

「男が三人寄って掛かって俺ん女に何しとっと」

暗い影から現れた長身の男に、目の前の不良たちはかなり驚いたようで、その中の一人は小さく「やべ」という言葉を口にした。
数秒緊迫した静かな時間が流れた後、舌打ちを一つ残し大慌てで不良たちは去っていった。
恐怖と緊張の糸が切れ全身の力が抜けてしまい、膝から崩れかけた私をそのの頼りがいのある腕が受け止めてくれた。その大きな手が涙を拭いてくれた時、初めて自分が泣いていたことを自覚した。
強がっても、威勢を張っても、怖かったことには変わりなくて、千歳の姿に心底安心したのも事実。
何だか悔しい。私は結局そこらのか弱い女子となんら変わらないただの女子、なんだ。

「情け、ない」

「……なまえ」

「千歳に頼らんくても私は十分やっていけるって、さっきのケンカで偉そうに言ったばっかやのにな」

結局私は何をやっているんだろう。いつもこうだ、意地を張って損をする。アンラッキーを自分から招いているんじゃないか。自業自得。素直になればええだけやん。

「スマンかった」

「なん、何で千歳が謝るん?」

「こぎゃん暗い中女の子一人で帰すもんじゃなか。男として最低ばい」

「そんなこと……!」

「女ば守るんが男の役目ったい」

昼間出ていた優しくてぽかぽかしたお日様のような笑顔を見て、千歳のカッターシャツを握る力が強くなる。急に沸き上がってくる熱が嗚咽となって辺りに響く。 
ごめんなさい、ありがとう。何回も何回もそれを言い続けた。千歳は痛いくらいの力で抱きしめ続けてくれて、けど私にはその痛みがちょうどよかった。


いびつな世界でごめんあそばせ


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ナチュラルにイケメンな千歳が好きです。
ちなみに謙也は残念なイケメンだと思います。

タイトル、獣
110206
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