▼ 情事後です 髪をすいていたら、目を覚ましたのか俺の方に擦り寄って来た彼女。こそばゆい、柔らかな二人の間の空気感。それから朝の気持ちのいい光のシャワー。俺の大好きな朝の三つの条件。 「おはよう蔵」 「おはよ」 こんな朝は直ぐに布団から出るなんてもったいない。じゃれあって、軽いキスをして、他愛のないおしゃべりをするのが一番良い時間の過ごし方だ。 「あれ、なまえ。手どうしたん」 「手?」 「手の平、すごい型いっとるけど」 「あ……」 と、ゆるゆる手を隠す彼女を見て気付いた。多分あれは爪の型。本来は俺の背中についているべきの型。 「前から思っとったんやけど、何で俺の背中に爪立てようとせえへんの?」 苦しそうにつらそうに歯を食いしばる彼女に「背中つかんどき」と何回言ったことだろう。頑なに首を振り自分の手をぎゅっと握る姿は、見ているこっちが耐えられない。 なまえの手の平をさわさわと撫でたら肩が驚いたように動いた。シーツの擦れる音、それから唇歯音。 「やって、部活で着替える時とかに背中見られたら蔵困るやろ」 「え?」 彼女の口から滑り出た予想外の理由に、俺は息を呑んだ。そんなこと、考えんでええのに。自分は痛いの我慢してそんなこと、気にせんでええのに。 「蔵を困らせたくない……嫌われたくないんや」 固く握りしめたその手を優しく開いて自分の手と絡める。今にも泣き出してしまいそうな瞳をじっと見つめたら、綺麗な涙がひとつシーツを濡らした。 「嫌うわけないやんか」 「でもっ!」 「そんなに不安? 俺がそんな簡単になまえから離れる男に見えんの?」 「ちゃう、ちゃうねん」 「何が違うん?」 「蔵は悪ない。私が自分に自信ないねん」 ぽろぽろと涙の粒を落とす彼女は本当に綺麗で、朝の光に溶けていってしまいそうだった。お願い神様、まだ連れてかんといて。思わずそう願った。 「なまえ、こっち向いて」 「ん……」 「今は寧ろ離れてくれってなまえから頼まれても離れられへんくらい、嫌いになりたくても嫌いになられへんくらいなまえのこと好きやねん」 「ほんま?」 「ほんま」 「それになあ、俺可愛いだけの女は見飽きとんねん」 「……なにそのモテモテ自慢」 「自慢ちゃうし」 「そう聞こえる。まあ実際蔵はモテモテやけど。学年一可愛い西村さんも蔵のことかっこいい言うてたし」 「せやからそういうの止めろって」 「そういうの?」 「卑屈になるなっちゅーこと」 「やって、」 言葉を紡ごうとするなまえの唇に指を当ててそれを制す。それ以上何か言うたら毒手やで?と囁けば、それ金ちゃんにしか効かへんよとやっと笑みがこぼれた。 「なまえが好きや、これ以上に安心できる言葉ってある?」 「……ない」 優しく抱きしめたら遠慮がちな小さな手の平が背中に触れた。直に感じるその手の温度に脳内の血管がどくどくと騒ぐのが分かる。朝ごはんがこんなに面倒くさいなんて、初めてだ。 風は透明なのか ***** ただひたすらに甘いやつが書きたかった結果がこれです……。白石に「可愛いだけの女は見飽きとんねん」と言わせられて満足。 タイトル、あもれ 100107 |