ちょっとした用事で電車に乗ったのが十五分ほど前。肩に隣の女の子の頭が乗ったのがついさっき。
平常心、平常心と心の中で繰り返し唱えているのにこの心臓は落ち着きを取り戻してはくれない。ツーアウト満塁の時みたいだとかドキドキを煽るようなことばかりが脳内に蔓延して、余計にひどくなる。
やましい気があった訳ではないが、ちらりと肩の方に視線をずらしたら予想外に可愛らしい寝顔がそこにあって、何だか悪いことをしているような気分になった。だってこんな無防備で、さ。名前も知らない彼女の部屋を覗いてるみたいだとか、俺って変態かも。
肩がむずむずする。ねこじゃらしでくすぐられてるみたいで、気持ちいいのか悪いのか。あまりのくすぐったさにだらしなく緩んだ口元に気付き、慌てて真一文字に結ぶ。ああでもくすぐったいなあ。

「……ん」

右肩から掠れた声が届いたことに大きく一回跳ね上がった心臓。かあああ、と体温が上昇していくのが分かる。

「え、あ……! すいません!」

完全に起きた女の子がすごい勢いで頭を下げてきて、少々大きすぎた声が車内に響いた。
俺はうまく微笑むこともできずに(さっきはあれだけにやけてたクセに俺の口角)ただ「大丈夫です」と返すので精一杯だった。
それからは何事もなかったかのように俺も女の子も前を向いて、黙って目的の駅までの道のりを揺られている。だけど俺の心臓はまだまだ火照りが冷めなくて、一人そわそわ落ち着かない。流れていく景色が妙に速く感じてしまう。
そして間もなく駅に到着した電車がゆるりと止まった。隣の女の子はここで降りるみたいで、右にぽっかり空間が出来た。それだけで車内温度が一度くらい下がった気がした。車内温度っていうか、俺の体温なのかもしれないけど。うわ、寂しいとか思っちゃってるよ俺。
そんな自分が恥ずかしくて下を向いたら、足元に可愛らしい色をした定期入れが落ちていた。中の定期には今止まっている駅の名前が印字されていて、ごちゃごちゃ考える前に彼女の背中を追いかけていた。直感、瞬発。

「ちょっ、と!すいません!」

「あ、さっきの」

「定期、落としませんでした?」

女の子は目をぱちぱちさせて慌ててポケットの中を探り、次に真っ白な肌した顔を真っ赤にして「私のです」と呟いた。度々すいません、と深々とした礼をされてしどろもどろになっていると、そんな俺を叱るかのように発車のアナウンスが流れた。

「あ、じゃあ! 俺これに乗るんで!」

女の子は何かを言おうとしていたけど、半ば逃げるように俺はその場を後にした。だって真っ赤で、可愛すぎる。
「扉が閉まります、ご注意ください」という車内アナウンスに混じって聞こえてきたのは、あの女の子の声。

「おおきに」

ふわりとした笑顔と会釈に心臓はもう限界で。無情に閉まった無機質な扉にずるずると背を預ける。きっと俺の顔もあの子に負けないくらいに真っ赤だろう。
おおきに、って関西だよな。あの女の子にはありがとうよりも「おおきに」の方が似合っている気がする。会ったばかりで何言ってんだ、って感じだけど。彼女について何も知らないけど。
定期ってことは毎日この電車なのかもしれない。また、会えるといいなあ。



目的地は君の頬っぺ



*****
真っ先にリクエストくれたのにこんなに遅くなってしまってごめんなさい。はんなり、な女の子になってるでしょうか…?
サイトや私に対する嬉しいイメージとリクエストありがとうございました!

101228 to.ペコちゃん
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -