「はよしねぇー」

あっ、という二人の声が重なった。隆也は恥ずかしそうに手の甲で口を隠し、私はくすくすと笑う。温めていたアイロンのランプが適温になったことを知らせてきた。

「うつったね」

「お前が口癖みたいにいっつも言ってるからな」

「えー私そんなに言ってないって。そんなにせっかちじゃないもん」

「せっかちだよ、出掛ける準備には時間掛かるのにな」

「皮肉らないでくださーい」

前髪をアイロンで伸ばしながら口許を緩める。隆也は若干イライラしてるみたいだけど、私はそんな状況さえ何だか楽しい。
はよしねぇーというのは私の地元の方言で、言われてみれば確かにしょっちゅう口にしているかもしれない。まさか隆也の口からそれが聞けるとは思わなかったけど。
私がこの状況を楽しんでいるワケは至って単純。私の口癖(だとは思いたくないけど)が隆也にうつってしまうくらい長い時間を一緒に過ごしてきたんだと思うと、自然と心弾んでしまったのだ。
髪を整え終わり、アイロンのコードをまとめる。洗面所からリビングへ出て行くと、玄関に座り込んでいた隆也が腰を上げた。呆れ顔で見られるのを無視してごめんと甘い声で言ったけど、まあ効力はなかった。
ムスッとしたままの隆也が先に扉の向こうに消える。私も慌ててブーツに足を通し、隆也を追う。
不機嫌な背中の二歩後ろを歩く私。本気で怒ったのかな。

「隆也」

「なんだよ」

「待たせてごめん」

「別にいいよ」

「じゃあ何で怒ってんの? さっき茶化して謝ったから? それともはよしねぇーって言ったこと笑ったから?」

「怒ってねえし」

ぶっきらぼうな口調はいつものことだよ、怒ってる訳じゃないよ。そう必死に言い聞かせてもさっきまでのような気持ちにはなれない。だって「うぜえ」って言いたそう。
折角のお出掛け日和なのにそれとは正反対の私たち。体の真ん中辺りがモヤモヤする感じ、気持ち悪い。

「……ほら、手」

突然視界に現れた手に反応が追いつかず、へ?という中途半端な声を出してしまった。それが手を繋ごうというサインだと気付く前に骨ばった隆也の手にすっぽりと包まれてしまった私の小さな手。

「これで機嫌直せ」

どっちが……という可愛くない言葉は口の中で転がして、素直に隆也に引っ張られることにした。
沈んでいた気分がまたぴちゃぴちゃと跳ね出して水面に波紋を広げていく。

「隆也」

「ん?」

「待たせてごめんね」

はいはい、ってどうでもよさそうに呟いているけど、さっきまでとは微妙に違う声質の変化で元の二人に戻れたことは容易に分かった。
どうすれば私の機嫌が直るかをも熟知しているのだって、一緒に過ごしてきた長い長い時間の賜物だよね。
きっと私たちはちょっとした声のニュアンスだけで会話出来るんじゃないか、なんて。自惚れすぎかなあ。



二人の間に
修正液をぽちょり




*****
あおらさん、リクエストのお話が大変遅くなってしまい申し訳ありませんでした。素敵な方言を教えていただきありがとうございました。はよしねぇー、語尾を伸ばす感じが可愛くて好きです。

リクエストありがとうございました!

101228 to.やおらさん
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