当初は図書館に行こうという話だったけど、ファミレスに場所を変えて良かったのかもしれない。図書館でこんなに大声を出していたら今頃私たちは追い出されていただろうから。

「やから金ちゃん、ここはこれ代入すればええねんって」

「代入って牛乳の仲間かなんか?」

「ちゃうから!ていうかそこから分からんの!?」

金ちゃんと会うのは久しぶりで、毎日と言っていいほど顔を合わせていた中学校の頃がすごく懐かしい。
中学三年生になった金ちゃんは背が驚くほど伸びていて、何だか寂しかった。けれどあのやんちゃな性格はまだまだ健在で、勉強も相変わらず出来ないらしい。それが嬉しいと感じてしまうのは、私の身勝手なエゴだけど。

「もー勉強いやや!」

「お願い金ちゃん、シャーペン折り曲げようとせんとって」

「なぁ先輩! たこ焼き頼んでええ?」

「あかん。問十七まで解けたらって約束やろ?」

「たこ焼き欲しいーっ」

「白石らと同じ高校行きたくないん?」

「……行きたい」

まだこのメンバーでテニスしたいわ、と謙也が言い出したのがきっかけだったと思う。みんなそれに異存はなくて、結局同じ高校に進んでいる。だから、テニス部の今高校二年生である私の同級生、さらには一つ下の一年生には四天宝寺中出身の人が多い。みんな、来年は金ちゃんが入ってきてくれることを期待している。
しかし金ちゃんの学力では私たちの高校は受かるかどうかギリギリらしく、こうして私が家庭教師として勉強を教えているという訳だ。

「テニスで高校入れたらええのに」

そう言って顔を伏せてしまった金ちゃんを溜め息を吐きながら見る。髪、相変わらずボサボサだ。
触れたい、と手を伸ばそうとした時に金ちゃんの唸り声が聞こえ、驚いて手を引っ込めた。

「先輩、高校って楽しいん?」

「……楽しいで。白石はな、やっぱり部長になった」

「うん電話で聞いた」

「一氏と小春のお笑いテニスにも磨き掛かっとるし」

「久しぶりに見たいわあ」

「この前師範の波動球が目の前通りすぎてな、死ぬかと思たわ」

「危なっ!」

「楽しいで、高校」

でもな、中学校より楽しくないねん。
その弱気な台詞が空気を震わせることはなかった。楽しくない理由なんてただ一つ。金ちゃんが居ないからだ。

「ワイもな、中学校楽しいで」

「そっか」

「後輩にな、めっちゃおもろい奴居んねん」

「良かったやん」

「オサムちゃんにな、この前コケシ十個もろたわ」

「金ちゃん何したん」

「……でもな、先輩ら居ったころより楽しないねん」

テーブルに伏せたままの金ちゃんがもぞっと動く。いつもの明るい声じゃなくて、寂しそうな声。聞いているこっちまで辛くなる。
それでハッとした。金ちゃんは一人なんだと。私の周りには白石だって、財前だって、みんな居る。けど金ちゃんの周りには誰も居ないのだ。
楽しい、けど寂しい。そんな思いを抱えているのは何も私だけじゃない。

「金ちゃん……」

「怒ってくれる白石も居らん、兄ちゃんみたいな千歳も居らん、本気でおやつの奪い合い出来る謙也も居らん」

「きん、」

「よう出来たなって笑って頭撫でて誉めてくれる先輩が居らん」

泣きそうになった。金ちゃんはこんなに寂しいのを我慢していたのかと思うと、胸が張り裂けそうになった。

「金ちゃん、よう出来たな」

「先輩?」

「よう一人で頑張ったな。えらいえらい」

ぐしゃぐしゃと金ちゃんの頭を撫で回せば、泣きそうな顔で見つめられた。お揃い、だ。

「勉強も頑張ろ。金ちゃんやったら出来るわ。私も出来る限り教えるし」

「ほんま?」

「だってな、私も金ちゃん居らな寂しいもん」

やっぱり、図書館じゃなくてファミレスで良かった。ここの雑踏は上手いこと私たちの泣き笑いを隠してくれるから。



ボクとキミの具体例



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金ちゃん可愛い

タイトル、あもれ

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