放課後独特の、しんみりした教室。風が柔らかにカーテンをすくい、まるで青春映画のワンシーンみたいだ。いつもならみんなの体温で温かい教室も、一人だとこんなにも肌寒く感じる。そう思うと、不意にさびしくなってしまったりして。 「起きたか」 「……あれ、先生。どうしたんですか?」 「どうしたんですかじゃねえよ。俺の授業で堂々と寝やがって」 「あはは」 笑ってごまかしたら、呆れたような顔でため息を吐かれた。私だって放課後まで寝るつもりはなかったんだよう。ほんの十分うたた寝しようかなって思っただけなんだよう。 「ったく、授業中に寝られると結構ツラいんだよ」 「……すいません」 「今度から気をつけろよ」 「はぁい」 「じゃあ教科書とノート出せ」 「え?」 「補習だ、補習。今日のとこ飛ばしたら明日からの授業ついていけないからな」 むう、と唇を尖らせると「可愛くねえぞ」という辛辣な言葉が飛んできた。本当は今すぐ家に帰りたかったけれど、先生の優しさを無下にすることも出来ないと、大人しくノートを開いた。 「じゃあここ写したら終わりな」 私が一生懸命シャーペンを動かしていると、どさっという不恰好な音がした。音の出所を見やると、泉先生がパイプ椅子に座って気だるそうにネクタイを緩めていた。その行為が妙に色っぽくて、思わず手を止めて先生を見つめてしまう。 「俺を見てても板書は出来ないぞ」 「先生ネクタイ緩めていいんですか? 一応勤務中なんじゃ、」 「息抜きだよ。少ししたらちゃんと戻す」 煙草の煙を吐くように息を大きく吐きながら、先生は上を向いて目をつむる。相当疲れているんだろうな。あ、私のせいか。 「一応生徒の前なんですけど。いいんですか?」 「お前だからいいんだよ」 何気ない一言だったけど、私をあれこれと思案させるには十分なものだった。その言葉の意味って、なに。私まだ子どもだから分かんないよ先生。 「どーゆー意味ですか?」 「例えばこれを藤永に見られてみろ」 「……先生PTA会議で話題に登りますね」 「だろ?」 「だからお前なら大丈夫。誰かに言いつけたりしないだろ?」 藤永さんとはPTA会長の娘で、とても真面目な、真面目すぎるような子だ。 ていうか何それ。ちょっと、いや、かなり?甘い言葉を期待したのに。 私だって言いつけちゃうかもしれないじゃん。親とか友達に言いふらしちゃうかもしれないじゃん。 「先生、ここどういうことですか?」 気を紛らわそうと、分からない訳でもない箇所を質問する。 ああこれは、と言って近付いてきた先生の指が机に触れた。チョークの粉でがさがさになった指先。よく見たらスーツの端々にもチョークの粉が付着している。 「これで分かったか?」 「え、あ……はい」 「よし」 じゃあな、と言い残し先生は教室の扉へ向かう。チョークの粉が付着したスーツが何となくださくて、かっこいい。 「先生、ちゃんとネクタイ締めなきゃ駄目ですよ」 「分かってるって。気をつけて帰れよー」 いつの間にか外は茜色に染まり始めていて。その暖色とは正反対の冷たい風が窓から吹き込んでいる。さむい、な。 言いふらそうかと思った今日の放課後の出来事は、やっぱり大切に胸の中に閉まっておくことにした。他人にこの時間を教えてしまうのはもったいない気がしたから。 先生ありがとうございました、と心の中で呟いて、散らばったままのノートやら筆記用具やらを鞄にしまった。 チョコレイト・ グラフィティ ***** 泉は理系の科目の先生な気がします。理科の先生、とか。 タイトル、あもれ 101113 |