机仕事をしていると、ついつい口も動いてしまうのが人間の性で、私たち死神とて例外ではない。さっきから若い隊士たちが話しているどうでもいい小話を聞き流しながら、ひたすらペンを走らせる。
私はどうしても、この書類たちを今日中に終わらせなければならないのだ。だって今日は喜助さんとご飯に行く約束してるんだもの。

「そうそう。最近行きつけの店でさ、可愛い女の子が働いてんだよー」

ある隊士のその言葉が、不意に耳に留まった。みんな恋したい盛りの年頃なんだから、そういう話が出るのは何もおかしなことじゃない。
喜助さんも誰かとこんな話をしたりするんだろうか。そう考えると、何でかは分からないけれど心臓がキュッとなった。別に、普通のことなのに。私だって「あの人かっこいい」みたいな話、友達とするのに。
私って自分が思ってるより独占欲強いのかも。

「あ、俺もその子見たことある!めっちゃ可愛いよな。あれは十二番隊には居ない可愛さだ」

「そんなに可愛いのかよ!俺も見てみてえ」

「じゃあ今日みんなで行くか」

うおおおお!と、隊士たちが沸き立っている中、私は一人死覇装を軽く払い、席を立つ。お先です、と言ったけど誰も聞いちゃいないだろう。





「待ちましたか」

遅い、なんて冗談を言いながら喜助さんの数歩後ろを歩く。隊長ともなれば忙しいのは当たり前で、こうして二人で出歩くのも随分久しぶりだ。他愛ない会話を交わしながら、私はやはり会えない時間が寂しかったのだと気付いた。喜助さんの背中を、横顔を見ているだけでこんなにも安心するなんて。

「あ、ここ入りましょうか」

うん、という返事は発せなかった。別に料理にこだわりがある訳じゃない。大概のものは美味しいと言って食べれる。だけど。
喜助さんが指した店は、今日隊士たちが話していた「可愛い子の居る店」じゃないか。

「ね……喜助さん。他の店にしな、い?」

「良いっスけど。どうかしたんですか?」

別に、と視線を反らした時、店の暖簾をくぐって十二番隊の隊士たちが出てくるのが見えた。今夜来ようかと話してた奴ら、本当に来ていたんだ。
別に喜助さんと付き合っていることを隠している訳ではないけれど、何となく気まずくて喜助さんの背中に隠れた。

「浦原隊長じゃないですか!こんばんは!」

「皆サンお揃いで」

「隊長も可愛い店員狙いですか!」

「……何のことっスか?」

「知らないんですかー?この店、すっげえ可愛い女の子が働いてるんですよ」

十二番隊には居ない可愛さ、という昼間の隊士の言葉が頭の片隅を過り、ふと不安になってしまった。喜助さんだって男だ。それに、自分がその子に勝てるほど可愛いとは到底思えない。

「浦原隊長も見といた方が良いっすよ!」

嫌だ、行かないで。
隊首羽織の裾を小さく引っ張る。喜助さんの身体がぴくりと動いた、気がした。

「いやー僕はもっと可愛い子知ってますんでー」

可愛いという単語に反応する隊士たち。私はただただ、目を丸くしていた。いつの間にか羽織を掴む私の手を、喜助さんの手が包み込んでいたからだ。そんな行為の一つだけで、私はさっきまでの不安が嘘だったみたいに安心しきってしまった。
喜助さんはやっぱり、天才だ。

「誰ですか、それ!紹介してくださいよ!」

「いやあ、それは出来ないですねえ……その子、僕のもんなんで」

「独り占めはズルイですよ!」

隊士たちのブーイングを背に受けながら、また二人で歩き出す。さりげなく私を隠してくれるその背中が、繋がれた手と手から伝わってくるものが、私を映す優しい瞳が、いちいち温かいから。だから私はこの人の傍から離れたくないんだ。

「今日は僕の部屋でご飯にしましょうか」



selene



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seleneはギリシャ語で月、という意味らしいです。ギリシャ神話の月の女神の名前でもあります。

のっきーへ。ありがとうと大好きの気持ちを込めて。

100924
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